第二回・文学散歩

主催:関西詩人協会
期日:2007年5月20日
場所:大阪






 関西詩人協会の新しいイベントとして、昨年の5月21日は緑滴る大川沿いを毛馬の閘門にある蕪村の碑まで散歩。その後、以倉紘平氏より蕪村の故郷観を中心に講義を受けました。
 今年は大阪にゆかりの文人の墓や詩碑を訪ねて歩き、作家の大谷晃一氏より、織田作之助についてのお話しを伺いましたので、皆さんにご報告致します。


 5月20日の朝お天気が危ぶまれましたが、雨に降られることもなく、眩しい陽射しというのでもなく、お散歩日和でした。それぞれが、10時に地下鉄谷町線「四天王寺夕陽丘」の駅を上がった処に集合しました。新しく会員同士が知りあうというの、こういうイベントの意義です。お久しぶりの挨拶を交わしておられるのを見るのも気持ちが良いものです。
 下村さんの案内で先ず、口縄坂を下ります。織田作之助の「木の都」の一節には「口縄坂はまことに蛇の如(ごと)くくねくねと木々の間を縫(ぬ)うて登る古びた石段の坂である。蛇坂といってしまえば打ちこわしになるところを、口縄坂とよんだところに情調もおかし味もうかがわれ、この名のゆえに大阪では一番先に頭に泛(うか)ぶ坂なのだが、」とあり、なるほどと思いながら歩を運んだ。

織田作之助 文学碑
口縄坂は寒々と木が枯れて
白い風が走っていた
私は石段を降りて行きながら
もうこの坂を上り下りすること
も、当分あるまいと思った。青春の
回想の甘さは終わり、新しい現
実が私に向き直ってきたよう
に思われた。風は木の梢に激しく突き掛
かっていた。
      織田作之助「木の都」
  口縄(くちなわ)

 ところが、道は階段で緑陰もあって、なかなかいい風情なのだが、真っ直ぐに伸びているのだ。どうやら、くねくねと伸びていたところを、都市整備で真っ直ぐにしたようだ。

 左の写真は、夕陽丘から真っ直ぐに(シツコイ?)階段をおりて、下の「口縄坂」の看板を見て、引き返しているところです。
両脇は、お寺や墓域のようです。街の真ん中とはとても思えぬほど、静かでした。

坂を見下ろすところでは、日曜画家?がスケッチブックを開いていました。あちこち行っては気に入った風景をスケッチしているそうです。

生国魂(いくたま)神社

裏の広場で暫し休憩
下村さんが「あちらのほうに(日本橋一丁目の国立文学劇場の西)谷崎潤一郎の文学碑があります。ここから少し遠くなるので、今日は行きません」 と説明される。

生国魂神社の本殿では、笙の音がしていました。裏へ廻るとこのような広場になりますが、この頃には光さえ射していました。おおっと驚くほど大きな鮒が泳いでいる池があり、神社の分社にもお参りして一息しているところです。
 立ち枯れた大木があり、聴くと「巳さんが住んでいると言われた楠の老木」だと言われ、慌ててビデオを持って戻り撮しました。
 この公園には色々な文士の碑がありますということで、碑探しを試みました。

   二つ緒の八雲の琴に神の世の
     しらべを移し伝え来にけり
  



 中山琴主は愛媛の人、文政年間出雲大社に参籠し
神託を得て完成したと伝えられる
琴は二弦で「八雲琴」と称する
   菊に出て
   奈良と難波は宵月夜
                 芭蕉



松尾芭蕉が元禄七年九月九日(重陽の節句)の例祭日に奈良より難波に入り、当社にて詠んだ句である。
   井原西鶴の像

見えますか?右隅に「賽銭箱」が写っています。

下にありますように、お寺を次々と巡った訳ですが、お寺が多いのには驚きました。それに、新しくリニューアルしつつあるお寺も多かったですね。檀家も大変です。一方で、「傍を通らないで下さい」という表示のある古い古いお寺もありました。
大阪の中でも歴史ある町ということなのでしょうね。

梶井基次郎の墓
  中央区中寺町2丁目(常国寺)
近松門左衛門の墓
中央区谷町8丁目1
井原西鶴の墓
中央区上本町西4丁目 1−21

薄田泣菫文学碑


あゝ わが丈(たけ)よ 五千尺、
(あし)は下(した)なる 野を 踏みて、
(かしら)は高く雲に入る――
そのかみ闇のとろろぎの
(に)に別れたる初めより
山と聳(そび)ゆる大悦(だいえつ)を、
自然よ、君に捧(ささ)ぐると、
(こ)(とし)この春 若やぎて、
どよみわたりぬ金剛山

武田鱗太郎文学碑
 (請願寺門前)

 誓願時を出ると 夏祭りを兼ねて遷宮の儀式もあるといふ生玉の方へひとりでに足が向いてゐた 季節の到来に勢ひづいた蓮池の近くの金魚屋も 大きな水槽を十幾つも並べて 郡山の金魚銀魚を浮かべ好事家を待ってゐた 水も紅に染まって目のさめるような眺めであった。
             武田鱗太郎「井原西鶴」より


楞巖寺(天王寺区城南町1丁目)
住職 田尻玄龍
 と以倉紘平さん

のお話しがありました。
織田作之助とは幼馴染で93歳。
現在も現役の住職をされておられるそうです。
墓碑も立派で、この視線のむかっている方に建っています。

お昼頃に会場の「たかつガーデンホテル」に一行は到着しました。喉の渇きをお茶で潤し、各自にお弁当が配られました。



一寸物足りなかったけれど、後に講演が控えているから、結果的にはこれで丁度良かった。


第2部  講演 作家 大谷晃一氏
          「大阪上町の作家 織田作之助」


講演の内容はこちらから入れます。

大谷晃一さんと八十分
                        辻下和美


 午後のワイドショーで、大坂人気質についてコメントされているのは時々お見かけしていましたが、講演会は初めてです。
「これから八十分、織田作之助についてお話します」とおっしゃるお顔はテレビで拝見するよりずっと若々しく、率直でユーモラスな語り口にまず引き込まれていきました。
 ところが、午前の文学散歩で充分に運動し、おいしいお弁当をいただいた後のひとときは、学校の授業ならば魔の五時限目あたり、心地よさについうとうとしてしまったのは私ばかりではなかったようです。
 声のトーンが上がり、ハッと顔を上げると、居眠り組に向かい、声を大きくしてお話してくださっているのです。思わず背筋がしゃんとして、そのあとはしっかり目が覚めました。
 作品を語り作家を語れば大阪がにじみ出る大谷晃一さん。年譜に沿ったお話に聴き入っていると、文学散歩で歩いて確かめた上町界隈の坂道や路地に、織田作之助の生きた大正、昭和の大阪と大阪人たちが活き活きと浮かんでくる楽しい八十分でした。


今日の文学散歩でふれあった文人の文章を読む

織田作之助 「木の都」より

横田英子さん 永井ますみ 辻下かずみさん


谷崎潤一郎 「陰翳礼賛」より 山内宥厳さん


近松門左右衛門 「曾根崎心中」より

生玉社前の段 徳兵衛の登場
河井 洋
天神森の段 お初徳兵衛道行
下村和子


梶井基次郎 「桜の樹の下」より  香山雅代さん

薄田泣菫 「金剛山のうた」より もりたひらくさん
 

井原西鶴  「世間胸算用」より  以倉紘平さん



閉会の言葉 金堀則夫 事務局長


この度の文学散歩のDVDを作っています、ご希望の方には相談に応じます。



会から制作費を頂いておりますので焼き増し代は700円
(その内500円は会に上納しますので売上げご協力下さい)です。
メールを下さい。(永井ますみ)

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