講演 『優しさとしての文化』
            木津川 計氏


                   雑誌「上方芸能・代表
               元 立命館大学教授



 日本には色んな文化がありますが、それが国民に受け入れられるかどうかは、その文化が市民的な資質を持っているかによっています。
 アニメの領域では 手塚治虫の鉄腕アトム その資質は【心やさし、ラララ科学の子】です。地球の危機を回避するために自分の力で10万馬力の力を発揮したのです。
手塚が亡くなられた時は日本の新聞五大紙全てが一面記事で追悼しました。彼は戦後の理想主義者であったと言えます。
映画の領域ではどうでしょう。 15億人から18億人に見られたと発表された。
「寅さん」ですね。
その中には失われた自然、失われた家族像があります。【奮闘努力の甲斐もなく】と言いながら、とらさんは自由人として勝手気ままに生きているわけです。
山田監督は多くの勤労者の石油ショック後は合理化が進められて首切り旋風が吹き荒れた時代の勤労者を力づけたのです。また、同じ失恋という結末が分かっているのに見てしまう、それは寅さんの、マドンナへの純愛の献身の慕情の美しさがあるからなのです。
新聞の四コマ漫画ではどうでしょう 「サザエさん」は大らかな家庭、ユウモアを楽しんでいる家族を描きました。27年の間にナミヘイは一回も残業したことがない。殺人や人を斬りつけるシーンもなく、セックスがない、女をアホに描いた描写がない。人びとにあんなくらしができたらと思わせることができました。優しさが根底にあったからこそ国民の支持を得たのです。
演芸の部門ではどうでしょう。漫才ですその漫才を育てたのは秋田実です。彼の作った漫才は安心して笑えました。彼が1979年に死んでから、80年にできた島田紳助等の漫才は強いものが弱いものを笑う、残酷な漫才になってしまいました。
喜劇では大阪新喜劇の藤山寛美 です。彼は愚直ということを愛した人で、松竹新喜劇も破れていく人への応援歌を歌いました。
ではNHKが一千万人の選んだベストスリーを発表しています。
三位は「神田川」 【貴方の優しさがこわかった】こわい程のやさしさです。
二位は「佳い日旅立ち」 希望の歌です。
一位は「川の流れのように」【おだやかにその身を任せて】彼女のラストソングがこれで良かったと思います。
お分かりのようにこれらの歌に含まれている共通項は、【優しさ】なのです。
若者の心を捉えたドラマ又は小説は「冬のソナタ」「世界の中心で、愛をさけぶ」です。若者の中に優しさを失っていなかった事に安心しました。
心やさしいものが国民の共感を得るのに、詩ではそのようなものが、どうして生まれないのか。杉山平一先生が一億二千万人に知られていないのがとても残念です。歌詞は音楽に乗るが、詩はメロディに乗らないので、分母が小さいという事が原因の一つだと思います。
 私は若い頃から関西におりましたので、私の尊敬している詩人は批判精神の旺盛な「小野十三郎」と透徹した抒情の「杉山平一」さんです。杉山平一さんの「夜学生」は弱い立場の人間へのヒューマンな詩ではないか。(「夜学生」を朗読)
 杉山平一さんは丸山薫の「詩人の友」(朗読)を評価されたことで、詩人は誰のために詩を書かなければならないのかを私たちに言って下さったのだと思います。
 昭和十年代から詩誌「四季」はありました。そこには西欧風なダダイズムとかシュールレアリズムとかの技法の詩人も多くいましたが、知性に基づく叙情詩と詩の音楽性ですね。戦争のただ中にあって、数千篇も詩があるなかで、十数篇しか戦争讃美の詩が載らなかったのは脅威です。詩の純粋性を追求する、平和的な資質の持ち主ばっかりが集まっていたからだったのでしょう。
杉山氏の八十九歳の時の詩「マッチ」を朗読される。
その「四季」が余り評価されなかったというのは、三好達治が戦争讃美の詩を書いた事と、短歌的抒情の否定が言われた事が原因と思われます。
しかし今こそ抒情は評価されなければならないと思います。有事法で戦争がいつでもできるようになって来たことや、自衛隊が昇格して防衛庁が防衛省になり、アメリカがどこかで戦闘状態に入ったら、日本も参加するという「集団的自衛権」を日本の憲法に明記さす為に動いて、九条も危うくなっています。次第にタカ派の論調が力を得て、世論も又迎合しているただ今ですから、戦争にも動かなかった四季派の役割を大事だと私は思っております。


大阪に「夜学生」を描いた詩人がもう一人居ました。以倉紘平さんの「日の門」の中に「夜学生」が載っていました。(「夜学生」朗読)もう一人の杉山平一が居たと、嬉しかった。
 優しい詩に出逢いたいといつも思っています。子供は文化を食べながら成長します。どういう文化を選択するかによって、その人柄が分かる訳です。優しい文化を食べること食べさせる事が大切なのです。
 丸山薫の「汽車に乗ってアイルランドのような田舎へ行こう」という詩を朗読される。


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