「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第10集)から
掲載させていただきます。

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正岡洋夫


老詩人

       

    

天満の駅から
阪神高速下の信号を渡って
車庫や工場のある茶色いレンガ塀に沿って歩く
やがて高架に沿って古いアパートが見える
光荘の土間から暗い急な階段を上がると
そこに老詩人が住んでいた
ガリ版を何枚も睨むように刷っている
窓のすぐそばを環状線が行き来する
いつもは駅前のプランタンに立ち寄るが
今日は詩集や詩誌を書店に運ぶ日だ
両手に紙袋、ジャンパーにサンダル履き
強面の顔で時々にやりと笑いながら
詩はどんどん書け、一晩おいて見直せばいい
今日はいつもと逆に桜ノ宮の方へ行く
広い道路を渡って大川の橋が見える
詩人は逆説的に詩商と自称した
詩人は古風なアナキストでもあった
詩人を奇人だと言う人もいたが
詩が心から好きで詩人を育てたかった
俗物だと言われながら脱俗していた
純情と反骨が不思議に同居していた
自由を愛する詩人は時々うつくしい夢を見た
その日大川の畔には桜が満開だった
線路のそばには細い道が続き
環状線の鉄橋のあたりには
川が見えないほどに桜が咲き乱れていた
速足の詩人は両手に詩集を提げたまま
いつのまにか遠くにかすんで
桜の花の中へ消えていった
後を追おうとすると
川沿いの道は途中で途絶えていた
桜の花びらだけが舞っている
私は老詩人のまぼろしを見送りながら
源八橋を渡った

*老詩人=伴勇。 一九六五年詩誌「近畿文芸詩」創刊。のち「月刊近文」
 と改称。九二年三月一九日に七三歳で逝去。 今年で没後三〇年になる。


所属:詩誌「リヴィエール」、日本詩人クラブ
詩集:『時間が流れ込む場所』 『海辺の私を呼び』『食虫記』他
 





山川茂

一生

 

袋からつまんで取り出される
左耳右耳へと輪が掛けられる
指でプリーツを鼻から顎へ伸ばされる
玄関をくぐり外に出る

電車の中で
見知らぬ仲間と向かい合う
交わし合う言葉はないが
お互いの呼吸を受け合う

仕事場では 夥しい会話
表側は 飛んでくるしぶきを浴び
裏側は あいそ笑いの吐息に満ち
両面から湿度が高まる
受けたしぶきを 吐息にまで運ばない
発した吐息を しぶきにまで届けない

昼食どき
はずされてテーブルに置かれる
風と空気にさらされ
ほんのりと乾いたとたん
たちまち再び装着され
会話と呼吸のくりかえし
濡れては湿り 湿っては濡れる

玄関をくぐり家に帰る
左耳右耳と輪がはずされる
指で輪だけつままれ すぐさま
ゴミ箱へ 抛られる

一日が終わる
一生が終わる

所属:京都詩人会議、詩人会議
詩集:『手仕事』



吉田定一



紅茶(レモンティー)

 

 

朝の夢の中で微笑(ほほえ)む あなたを連れて
おぼろげに 目覚めて飲む
朝の 一杯の
紅茶(レモンティー)

レモンをいれて
お砂糖のかわりに スプーン
一杯ぐらいの 想いでをいれて
ゆっくり かきまわす

レモンの もの哀しい味と
あまい想いでが しずかにとけて
コップのなかに 琥珀色(こはくいろ)のあなたが
なつかしげに 浮かぶ

 恋し あなたの悲しみよ
 恋し こころの中の水中花よ

そしていつも さわやかに
今日のあなたと Good-bye(さよなら) をする
朝の 一杯の
紅茶(レモンティー)

所属:詩誌「伽羅」主宰、日本現代詩人会会員、日本詩人クラブ会員
詩集:『you are here』 『記憶の中のピアニシモ』『胸深くする時間』


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