第4回 関西詩人協会賞

   冨 上 芳 秀
   詩集『アジアの青いアネモネ』
詩遊社


細密画

                    冨上芳秀



ニューデリーの国立博物館で王様の栄華の生涯を描いたミニアチュールを私は見ていた。妖しい詐欺師が跋扈跳梁しているニューデリー駅の喧騒を歩いていると幼子を抱いた貧しい女乞食がバクシーと言って手を差し出してきた。人間の媚を含んだ眼差しが、こんなに美しいものかと思ったことまでは覚えている。
 気が付くと女乞食は私の枕元に座り、カレーのようなものを食べさせた。どうやらその女が私の女房で病気の私は養ってもらっているらしい。子どもは色は黒いが、私の子どもで幼児語で私に甘えてきたのでかわいかった。私は重病で起き上がることさえできなかったが、時には女が私の身体を求めることがあった。私は病人にもかかわらず、その時は二十歳の若者のように元気を回復した。女の身体は熱く、強烈なインドの体臭に噎せながら、激しく甘美な陶酔に堕ちて行った。
 女のやさしい看護にもかかわらず、私の病は篤く、とうとう私は死んでしまった。死んだ私を女は荷車に載せ、大きな河の畔に運んでいった。私は高く積まれた薪に載せられた。私は知っていた貧しい女が薪を用意するために火葬場の管理人に身を任せたことを。やがて、薪に火がつけられた。熱い、熱くてたまらぬ、髪の燃える嫌な臭いに私は激しく咳き込んでいた。
「ご注文のチャイとナンございます」とボーイが咳き込んで目が覚めた私の顔を覗き込みながら言った。ミニアチュール室を出て、私は食堂でささやかな昼食を待っていたことを思い出した。




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