関西詩人協会賞の頁



        第4回 関西詩人協会賞 ※奨励賞<新人賞>
   

赤 野 貴 子
   詩作品集『やかん』

 

ほしのはなし   赤野貴子


どうしてよるになると、こんなにさみしいの?


小学四年生の担任の先生は、理科の授業が好きだった。
ここぞとばかりに張り切って、授業の本筋とは関係のない、光の話や、時間の話、宇宙の話なんかをたくさんしてくれる。
ある日の授業中、ボーナスをはたいて買ったすごく高い望遠鏡で、みんなに星を見せてやろうと思いついたように言い出した。


母と連れ立ってわくわくしながら歩く夜の通学路。母の手を引っぱって、跳ねながら横断歩道を渡る。
夜の八時、暗がりの校庭に集まった、何組もの家族連れ。
クラスメイトたちは、夜の学校に入り込むという異常事態にすでに高揚して、走り回っている


先生に促されて、大きな望遠鏡をのぞいて、はじめてみた土星の赤茶けた輪っか。
あんな小さな光が、こんな姿で見えるなんて。
土星の位置を確認するために、レンズから目を離して、グラウンドの上に拡がる夜空を見上げた瞬間、グラウンドの喧噪がすっと消えていくような感覚に襲われる。


こんなにたくさん人がいて、友達の笑い声も、見えた?と私を覗き込む母の嬉しそうな笑顔も、これほど近くあるのに、どうしてひとりぼっちのような気がするんだろう。
夜はいつでも、静かな力で、私をしん、としたところへつれて行く。言葉もちゃんと話せないような小さな小さなそんな頃から。
夜が心細いのは、暗がりのせいではない。幼い頃から不思議で仕方なくて、昼間に真っ暗な押入れに入ってみたりしたけれど、暗闇は、恐怖以外のものは私に与えなかった。
夕闇が迫ってきて悲しくなるのは、幼い友人たちがみな家に帰ってしまうからではない。
ずっとずっと昔から、私はこの気持ちを知っているのだ。


ふと先生が、いまみんな土星を見ているけれどね、夜空に見えている星たちのほとんどが、
今はもう無いんだよ、と言った。
望遠鏡でも見えない遠くの星たちの多くはもう死んでしまっているからね。


目に見えているのに、もう無いの?子供たちが口々に反論する。
だって、あんなにあるじゃないか!


笑いながら先生が言った。
ものすごく遠いところにある星から光が届くには、すごく時間がかかるんだよ、
太陽の光だって、ぼくたちのところにやってくるまでに、十分もかかるんだから。
死んでしまった星の光も、何年も何億年もかけて地球に届くんだよ。


そのとき先生の顔を私は見ていたのに、そのうえに拡がる世界の、なにかと目があったような気がした。


それから私は夜を訝しげに思ったりしない。
そういうときは、じっと夜空を見上げて考える。
なにものとも目があっていなくても、光は届き、届いてこなくても、生まれているものがあるのだ。
知っていても知らなくても、遠くても近くでも、世界はずっとそういうかたちをしていたんだろう。
今はないものの光を浴びているんだから、少しぐらいさみしくたっておかしくない。


そう思ってバス停でじっと空を見上げていたら、思い出したように、虫が鳴き始めた。
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