「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第10集)から
掲載させていただきます。

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青島 江里


青空



もしももしも
折り畳みの青空があるのなら
お借りしたいと思っていました

通勤バッグの片隅に忍ばせて
とてつもなく落ち込んだ日に
ロッカー室の片隅で広げてみたいと

外に出るのも辛い日
何もないリビングの真ん中に広げて
その光にぼんやりと照らされていたいと

あんなこんなにぶつかるうちに
どうしようもなく恋しくなったのです
この上もなく晴れた日に心は
この世の空に向かって走り出していました

窮屈に扱ってしまった青空を広げ
この世の青空に
両手を揃えて御返しするために

悲しい妄想さえも
照らしてくれるこの世の青空
窓際から見えた水田の水鏡の青空

ぽたりぽたりと言葉のように
本当の涙がこぼれてくるのです
借り物の空などなくていいのです

顔をあげたいと思う
心さえあればいつでも
本当の青空は見えてくるのでした

天気雨のような涙に虹がかかって
肩に入った力は抜けてゆきました

              

  

 



日本詩人クラブ会員
所属:詩誌「MY DEAR」「PO」
著書:詩集『無数の橋 きみへのエール』





瀬野 とし


こわばる



「ソ連兵に 銃を突きつけられたこと
  覚えてる?
姉からの突然の電話

「えっ 私も突きつけられたの
畳の上に ドカドカ土足で上がって来た
大きな靴が怖かったことは 覚えているけど

「夜 三人のソ連兵が来て
 お父さんと あんたを抱いたお母さんと 私とに
 それぞれ銃を突きつけたんよ」
父は 銃を突き付けられたまま
奥の部屋で着替えをさせられ
そのあいだも 私を抱いた母と 姉は
銃を突きつけられていた
そして
父は連れ去られた
   ………シベリアへ

幼い私が 覚えていないのは
母が 私に銃を見せまいと
私の顔を手で
母の胸に押しつけていたためではないか

テレビニュースを見ていたという姉からの
電話に
今夜は 眠れない

暗闇に浮かぶ
そのときの 私たちの姿
いま 銃を突きつけられている人たちの姿

銃口を感じて

からだが固く
こわばっている

 


日本現代詩人会、詩人会議会員
所属:詩誌『炎樹』
著書:詩集『なみだみち』『線』『菜の花畑』




山本 光一


藤が浪うつ頃



谷間の清冽な激流に
あたしの心のひだが
もぎ取られていきそうな
恋でした

あなたの横顔と口元には
もうこの世にはいない
かつての恋人の面影
あなたを見かけると
あの激流がひとときよみがえり

あなたに和菓子をお裾分けしたり
和菓子教室にお誘いしたり
身寄りのない一人暮らしの
あなたが少し哀れで
でもそれだけではなかったの

最近あなたを見かけません
引っ越し先もわかりません

一筋の涙が頬をつたい
過去から未来への流れに落ちて
新しい和菓子が生まれました

「おもかげとほく」
恋の思い出に見立てた
若葉色のこしあんが
ぼんやり見えるように
藤色にほんのり染めた
求肥で包んで


日本詩人クラブ会員
著書:詩集『カプチーノを飲みながら』『命なりけり―もえの和菓子アルバム』』花信風』







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