「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第10集)から
掲載させていただきます。

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福田ケイ

「西の家のライオン」

 

 

明治二十八年生まれの父は 先祖から本宅と別宅を
受け継ぎ 本宅から西に歩いて5分の所に別宅があった
誰も住んでいないこの屋敷を家族は 西の家と呼んでいた

私が生まれるずっと昔から 大木のくすの木のある
西の家の前栽(せんざい)には 白い石のライオンが座っていた
鋭く彫られた 長いたて髪
深い目 大きな口 どっしりした足
胴体は銀色に輝き 広い庭を支配していた
白と赤の椿の木や 南天(なんてん)の木
紅葉(もみじ) つわぶきの花がライオンによりそい
玉石が彼のまわりを囲んでいた
秋には枯葉が 冬には白い雪が 頭上に降りつもるが
無言のまま みじろぎもしない
幼い日 私は赤い南天の実を彼の目の中に入れ
身体の上に乗ってよく遊んだ
家族の誰かが一日に一度しか訪れない
別宅の君主として 風雪に耐えながら見守ってきてくれた
時々 遊びに来る友人たちは
縁側から彼の絵を描いたり 写真も何枚も撮った
みんなは庭に彼が座っているだけで
心が和んでいるのだった

私が嫁いだ次の日 父は玄関で倒れ 病の床についたまま
八年の長い歳月が流れていった
本宅と西の家の主人(あるじ)である父を ライオンがかみ殺す
という理由で 恐れられ 彼は去っていった
それから まもなく父が亡くなり
江戸時代からの西の家も取り壊され
跡地には 兄たちの家が二軒 建った

 ライオンは今 奈良行き近鉄電車 額田(ぬかた)駅にある
 広いお屋敷の庭で 身体を休めていると聞く
 ああ もう一度 冷たく光る
 王者の胴体に私を乗せておくれ!


                      

  

 


所属:大阪樟蔭3人会、ミユゲの会




都圭晴


「水を燈す」

       

    

金魚は瞳の最果てへと
忘れられゆく空を重ねる

街を彩っています。キャンドルナイトって知っていますか。照明を
消し、蝋燭を灯して過ごす運動があるのです。ひとつの揺れる火は
瓶のなか、僕はなんだかわかりませんけど、とても懐かしい気持ち
になりました。ぽっ、胸って、橙色のような色をしているのでしょ
うか。

目を閉じれば教えてくれる 
瞳の奥は夜空 カーテンを纏う園
もっと もっともっと もっとください
つぶやくと 頭はさっと離れていく
夜の燈 瞳を閉じる
幾多の金魚は空を泳ぐ

蝋燭は海をつくります。ゆうらりとゆれているゆうらんせんな僕。
火は新たな火を呼んで、波は新たな波のなかで生きるのです。よく
見たら瓶のなかには、水が入っています。水がこの空間を海に変え
てしまうのでしょうか。燈ります、いのち?でしょうか。これで火
は水のなかでも生きられます、僕はやさしい水族館にいるのかもし
れません。

からだは感覚の海
ああ もっともっと欲しい
ここはどこ? 満ちるのを待っている
僕は息をする器
金魚たちは今だけを重ねて
色鮮やかな星雲となる

蝋燭は空に浮かんでいくように見えます。目をつむりますと、まわ
りはじめるのです。水族館をすいすいすい、ゆうらゆうら。このリ
ズムはいつしか僕へと沁みこんでは消えてしまうのです。



                      

  

 


所属:組香






吉川悦子



「年輪」

 

 

           

内子の町で和蝋燭づくりを見た
燈心草の茎に和紙と真綿を巻き芯を作る
芯を回し素手で一回一回蝋をつけていく
途中で蝋が冷める
四十度にもどし
また何回も何回も塗り重ねる
蝋が年輪のように重なっていく

職人が手塩にかけてつくった和蝋燭
火をつけると
真っ直ぐで大きな炎が静かにゆれる
ながめていると心が静かになってくる

私という芯に
私の人生が重なりできた年輪
誰かの心に
和蝋燭のような明かりが灯せたらいいな




                      

  

 

所属:万寿詩の会










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