「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第10集)から
掲載させていただきます。

過去掲載分はこちら




紀ノ国屋 千


「イザベルの花」

 

 
カサブランカ
おまえは遠い地平を眺望する
気高きユリ

ロシア貴族の末裔
イザベル・エベラール
若き命を
チュニジアの地からモロッコへ

凍りつく白い肌に秘められた愛を閉じて
旅を終えた その地
幻の都 カサブランカ

砂のかなたに 蒼く拡がる水と
真っ直ぐな光線をあびて 凛と立つ
白蝋の花弁
孤をつらぬき天に向かって
生を歌う雌しべ
イザベル
そのあやしく濡れた ふくらみ

カサブランカ 白い尊厳
カサブランカ 謎の大地
カサブランカ 蜜の香り

おまえを支える大地こそ愛を茎につたえ
豊曉の花びらを育んだ
その名は花神カサブランカ どうして
カスバの女を滲んで歌う

この日もイザベルの夢を宿して
おまえは
熱砂の大地に白く白く

燃える
白く
カサブランカ

  2001年秋・カサブランカにて


                      

  

 


所属:全電通詩人集団詩誌「全電通詩人」、「竹の花文芸」
著書:詩集『かぜの物語』




武西良和


「白いチョウの行方」

       

    

早朝からの仕事を終え
畑中の丸太の上に休んでいると
柿の木陰からモンシロチョウ

低く
ときどき高く
上下動を繰り返しながら
やがて日向の草むらへ

露の降りた柿の葉から

飛沫が上がった
その弾みでチョウは影と分離した

チョウの影が畑中を動いて
柿の葉陰に消えた
クマゼミが騒がしく鳴いている
暗がりから日向にあふれた声が
白く熱を帯びる

蜘蛛の糸に蝉の声が
びっしり
巣の罠が明るみに

新しく紡ぎ出された蜘蛛の糸が一本
細く走り空を
裂く

チョウは影を探して
裂け目に身体を滑らせたか

裂け目が閉じられ
蝉の声が消えた

  〈初期形〉二〇一九年9月8日(日)午前8時45分 高畑にて



                      

  

 


所属:日本詩人クラブ、日本現代詩人会、個人誌「ぽとり」
著書:詩集『鍬に錆』、『きのかわ』





阿部由子



「遠ざかる影」

 

 

           

六甲の連なる山並みに厚く垂れ込む雲を切り裂いて
束の間 初夏の陽光がほとばしり
山肌に重なる家々を浮かびあげた
そこだけが鮮やかな静謐

夕暮れる街
光と影が格子縞に交差して
波動する意識を心のうちに閉じ込めようと
空を仰ぎ 目を閉じた

なおも波動し撹拌する意識に抗い
むき出しになる感性を押しとどめ
時の移ろいに身をゆだねて
ため息をつくのはわたし、それともあなた

いまここにさまよう意識の屈曲率
それは透徹といえるほどに美しい
暮れてゆく山影の象形と意識が紡ぐ
不思議な光のタペストリー

留まろうとして今の時間にしがみつくのに
意識はなおも堕ちるのをやめない
どこへ向かってゆくの
誰のもとに辿り着こうとしているの

孤立する眩い意識の無限空間

わたしは知っている
明くる朝 あの美しい象形は残像も残さず
あなたの影が遠ざかっていくことを
崩壊する大きな曲線を描きながら




                      

  

 

所属:「銀河詩手帖」、兵庫県現代詩協会
著書:詩集『水先案内人』









inserted by FC2 system