「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第10集)から
掲載させていただきます。

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熊井三郎


「血の気」

       

    

いつもの診療所
予約時間から二時間も待たされた
看護師さん、事務長、医師の順に
問題提起をして帰ってきた

次に行くと センセイが仰った
熊井さん 血をぬきましょう
血の気が多いですから
牛乳瓶二本分をとりあえず五回

えっ あの センセ わたしは
性温順 ホトケの熊井と言われているんですが
するとセンセイは笑って いやいや 
血液検査のたびにヘマトクリット値が高いので
瀉血してみるのです

下の娘からラインでメッセージが届いた
お誕生日おめでとう いつまでも
血気盛んで忙しいおとーさんでいて欲しいような
心配やからチトおとなしくして欲しいような(笑顔マーク「egao.png」)

そういえば 一線退いたときに
上の娘からも 言われていたっけ
これからは 好々爺でいくんやで と 

そこへ 京都の詩人から 
拙詩集の感想が届いた
ご高齢になると 人生の最終まとめのような詩集が
おおいのに この詩集は意気盛んというか…
そっと私はつぶやいた
往生際が悪うて すんまへんなあ

センセイが首をひねっている
下がりませんねえ ちょっと様子を見ますかねえ
なんだかよくわからないヘマトクリット
わたしに聞かれてもねえ



                      

  

 


所属:「詩人会議」「軸」「詩のもり」
著書:詩集『誰か いますか』『ベンツ 風にのって』




尾崎まこと


「夏の犬」

       

    

僕は歯と歯の間に
誰にも目に見えない海を
皿のようにくわえて
ひと夏 すたこらと
街を駆けています

遊びほうけたあなたを
涼しい汐風とともに
すばしこい影が負いこし
びっくりさせたなら
それは僕です

海のさざ波の反射が
銀紙のようにまばゆいので
振り返った 風の犬
細い目で
笑っているように
見えましたか

それとも
振り返った 蒼い犬
懐かしさにゆがんだ顔面
もうすぐ
泣き出しそうに
見えましたか

岸辺の風は遠かったですね

夏が一匹
いま
紅い舌を垂らして
走っていきました



                      

  

 


所属:詩誌「PO」「イリヤ」
著書:詩集『カメラ・オブスキュラ』『断崖、あるいは岬、そして地層』





根来眞知子



「琥珀」

 

 

           

私の指にはまっている琥珀の指輪
中にちいさな虫の影
 「琥珀には虫や葉っぱや
 その他わからないものがはいっていますよ」
あの時の店員さんの説明
透かして虫の影を見る
何千万年かをじっと丸まっていたその影を

うっかり止まってうたたねでもしたか
足を滑らせ起き上がれなかったか
なかまと争って隠れてそのままだったのか
ゆっくり埋もれ
ゆっくり固まった

生は短く死も一瞬で
ひとときののち消滅して終わり
のはずが
死が終焉ではなく存続であるとは
夢にも思わなかっただろう

何千万年も経て
今 光の下にあろうとは
手にした私に
こんなにも見つめられていようとは




                      

  

 

所属:現代京都詩話会、日本詩人クラブ
著書:『雨を見ている』『たずね猫』










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