「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

過去掲載分はこちら




猪谷美知子


「ガラスの内と外」

       

    

羽を広げ威嚇する鴉
ぐいっと背骨を盛り上げる鴉色の猫
シッポに走る緊張
響き渡るカアーカアー声

ゴミ袋を覗く
光る目 動く目
動く目 光る目
狙うは
老人ホームのおいしい餌物残飯

ガラス窓から
乾いた薄いたくさんの目
いっせいに覗く

喧嘩しなもっと捕りな漁りな
生きろ 生きろ 生きろ
動きのない退屈な日々
よその祭りごとおもしろい
争いごともっとおもしろい

ガラスの内と外
疎まれるもの同士
共有 反発 同調

「お昼ご飯ですよ
 みなさん 食堂にお越しください」
用意された湯気の立つ食事
「残さないで食べましょうね」

凍える冬 すぐそこ

                      

  

 


所属:日本現代詩人会 兵庫県現代詩協会会員
詩誌「時刻表」「風の音」同人
著書:詩集『亀との夕刻』『水槽の中で』





大倉 元


「生きる術」

 

           

もう70年になる 中学生の時
祖谷で親父と向かいの山を焼いた

雑木や切り草を刈り 枯れてから火を点けた
他へ燃え移らないか気にしながら焼け跡を見た
親父は意外と気にしていない 
初めての経験をした
その日家に帰っても山が気になった

焼いた跡を鍬で掘り起こした
木の根が四方に張ってなかなか手ごわい

親父と並んで こちら側から家をみた
鶏がエサを探して頭を下げ下げ歩いている
母さんは洗濯物を入れていた 
陽が落ちようとしていた

親父が話始めた 
祖谷は戦に敗れた
平家の落ち武者が隠れ住んだと言われる
刀を鍬に持ち変えた先祖が
来る日も来る日も畑作りをする姿が
親父には浮かぶのか
戦に負けた者の憐みが

お前もこの山を焼いてようわかっただろう
ここには粟を蒔こうや
うまく採れりゃあええんじゃが
これを「焼畑農業」と言うんや
それから親父は「草履作り」「むしろ作り」
「炭俵作り」等々物作りを教えてくれた
「炭焼き」小屋にも連れられて行った

俺は80歳 これからも生き続ける



                      

  

 


所属:日本詩人クラブ 日本現代詩人会 近江詩人会 
「風鐸」「時刻表」「ふーが」
著書:詩集『石を蹴る』『祖谷』『?む男』





近藤摩耶



「晩夏」

 

 

           

長く眠ったようだ
頭上に居すわる低気圧が去り
足元から高気圧が張りだすまで

目覚めつつある草の上のたたみ
古風な柱が並び
仏像が微笑するほの暗い心の地平
詰まった涙の固まりはゆるみ
和紙灯りで暮らす
こげ茶の欄間と

青みを増していく
遠い嵐
わずかずつ確実にこちらへ

身じろぎもしない建築の
 美と健康の快適空間
 世界最大級・天然温泉
広告から数十センチに
赤い火星が見えたのはいつ

亡くなっていく夏に
やさしいたんぽぽ珈琲を手向けよう
亡くなってしまったとき
あるのは秋か春か
まだ思いつかないのだから




                      

  

 

所属:日本現代詩人会 日本文藝家協会 「銀河詩手帖」発行人 「歴程」同人
著書:詩集『可視光線透過率』









inserted by FC2 system