「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

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岩井 洋


「ひとりの女に」

       

    
妻の誕生日に家族で食事をすることとしていた
ホテルの予約もすみ、ちょっと忙しい日々を過ごす中
突然軽い脳梗塞となり、入院生活となった

当日、家でささやかに誕生会
当然私は一人病院にいることになる

私の出番がない!

花束はどうする、娘に聞くと用意するのは子どもたちでという
そうだ、ここに出番がある
メッセージカードにこの言葉をと考える

当日私の見舞いに来たときに
やっぱり父さんが自筆で書いたほうが、と紙を出す

君の瞳に乾杯―不自由な手で渾身の力を込めて書き上げた

どういうわけか
書きたかったフレーズだ

映画「カサブランカ」の中で
ドイツ軍のパリ占領の中、南フランスを経由して
列車での逃避行を決意した二人がはぐれ
やがてカサブランカで再会し交わした愛の言葉

日本語への翻訳があまりにも素敵で
けれど今の若者たちには通用しないかも知れない言葉
そうだ
君の瞳は百万ボルト
そんなCFの方が一時流行ったっけ

けれど、ぼくは花束に添えて
ひとりの女に、言葉を贈ろうと誓った

君の瞳に乾杯、と


                      

  

 


所属:詩人会議 日本現代詩人会 日本詩人クラブ会員
著書:詩集『囚人番号』『記憶』『地下水道』





岸田裕史


「エレクトロ 祇園町」

 

           
この子を拾ったのは八朔をすぎたころ
八坂神社の石畳によこたわり
胸にささったセルを抜いてほしいと見つめられた
着物のすそからメタノールをとりだし
傷口に吹きつけるとセルはすぐに抜け落ちてしまった
この子のまなざしのなかには
何か忘れることのできない解離が潜んでいる
それでも雪洞に照らされたこの子の肌は白く柔らかなので
わたしのお店につれて帰った

このクラブはわたしのすべてだった
白川をわたるとき
巽橋からこの子の清楚な下着と
ここまでたどりついた因果のすべてを棄てさせた
それから細い首を押さえつけて
白川の水を飲ませ
夜光性のストロンチユムを塗りたくった
しばらくすると紫外光に反射し
この子の裸はいままで見たこともないほど白く輝きはじめた
ああ ここまで白ければ祇園町でも暮らしていける
その白い肌をもっと艶やかにするため
降圧チョッパから電流を流し
エレクトリックな美白に仕立てあげた

冬がすぎて白川の桜に新芽が吹きはじめたころ
この子の深いまなざしに魅せられ
人のいいお客が通いはじめお店のなかは賑わいをました
この子は明るくふるまうお客の皮をめくり
隠されている悪戯を舐めつくしていた
その舌先が肌に触れると
どのお客も目を閉じてよがりはじめ
自ら皮をめくりもっと舐めてほしいと愁訴していた

この子はいったい何者なのか
この一年のあいだに
わたしが大切にしていたものを磨きあげ
人目につかないように密着フィルムのなかに隠してくれた
それからわたしの皮をめくって白い骨を舐め
今年もまた八朔をすぎたころ
八坂神社で若い女を拾ってほしいと見つめられた




                      

  

 


所属:日本現代詩人会 日本詩人クラブ 「イリプス」 個人誌「CYPRESS」発行
著書:『都市のしじま』『メカニックコンピュータ』





武西良和



「木の鱗」

 

 

           
エノキに巻きつき始めた

その葉は鱗
鱗が木を覆い尽くして


だがそいつは岸辺近くでゆらゆらと揺れ
濁った水のなかに
鯉や鮒を見ようとするだけ
動くことすらできない
オイカワやカワムツには遠く及ばない
それでも鱗をつけられたばかりに
風をたよりにゆらゆらと

ぼくの皮膚にも鱗がほしかった
動かないぼくの思考を
もっと飛躍させたかった

あの木のように
魚になろうとしたばかりに
動けない思考に苦しむ

あちこちで木々に蔓が巻き付いて
鱗を持ち始めた
木々たちは木であったことを忘れ
魚となって右に左に
あるいは空や大地に向かいたがっている

風が吹き始めると鱗が魚になる
準備を始める
だが鱗が動くだけでは到底
魚にはなれない

もがく
蟻地獄に落ちたアリ
罠にかかったイノシシ


                      

  

 

所属:「ぽとり」 日本詩人クラブ 日本現代詩人会
著書:『Ninja忍者』『てつがくの犬』『遠い山の呼び声』









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