「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

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 後 恵子


「生きる想い」

       

    
冷たい重い空気は去って
爽やかな風が吹く
桜が咲いたと喜んだ初春も過ぎ
ピンクのつつじと緑の葉の
コントラストが美しい
赤い薔薇の花も庭で凛と咲いて
陽は暖かく強くなり
春の活力
新しい命が飛んでいる

カトリック教会の聖堂で
聖母月の五月にミサがあった
六本の?燭の火が小刻みに揺れる
色鮮やかなステンドグラスに陽があたって
聖人の物語が浮かぶ
静謐な聖堂で祈りつづけるが
不安の闇は無くならない

ブラックホールに吸い込まれる感覚
重荷を抱えていた冬は去ったのに
草花木のように
新しい出で立ちを求めて
険しい坂をのぼっている毎日
体力と気力は坂を転げ落ちようとしている
一六六六年のロンドン大火のあと建てられた
ロンドンの町を見晴らせる記念塔
三〇〇以上の階段を上ったのは二〇代の後半

今は安穏とぬるま湯の生活にいる
平坦な短い道を歩いているのに足は硬直
想いは死への道しか見えない
それでも若いころの挑戦が頭にちらつく
生きるとは悩むことだろう


                      

  

 


所属:日本現代詩人会 「リヴィエール」「プライム」
著書:『文字の憂愁』『カトマンズのバス』『地球のかたすみで』(共著)





野口幸雄


「あなたのことも」

 

           
川にかかった 小さな橋
その上の青い空
ひこうきが残こした白い糸

この糸を手繰り寄せれば
その先は
ロンドン、パリ、ニューヨーク?

今や ひこうき雲は
姫手毬のように
地球を取り巻いているのです

それでは 糸電話を作って
世界中にお知らせしましょう
「おーい 養父市の大屋川に鮎が戻ってきたゾー」と

あなたも教えてくれませんか
―――わたしの街の様子でしょうか
そして あなたのことも


                      

  

 


所属:同人誌「風の音」 日本現代詩人会 兵庫県現代詩人協会
著書:『妻が出かけた日』





松原さおり



「父のみやげ」

 

 

           
父の書棚の片隅にソッといる一冊
『天の浮橋』 昭和十七年出版
「銀座三昧堂」のシールが貼られている
上京した父のわたしたち姉兄妹へのみやげだったろうか
紀見峠の麓の村で姉や兄は読んだのだろうか
わたしは読めたかしら
父が読んでくれたかしら
かれこれ八十年になるがフッと手にとっている
開かれたページは若き日の大国さまの冒険譚
堂本印象画塾の手になる流れるような筆致の挿絵が
むかしむかしへわたしをいざなう
語り部の語りを聞いているような快い時が過ぎ
気がつけば西の窓が金色に輝いている
外に出ると燃える日輪は全てをあかね色に染め
ゆれて沈んでいく
台風の名残りが丈?い蒲の穂の草原を大海原とうねらせる
空の雲が海に並んだ鰐のよう

おやっ 兎が一羽走り回っている
見止める暇もなく
大国さまも兎も笑って
父も笑って
山陰に沈んでいった

またあした

あの山越えて
そのまた山越え

また

越えて


                      

  

 

所属:風鐸









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