「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

過去掲載分はこちら




 諸行 響


「黄色いリボン」

       

    
♪ あーの子の黄色いリボン
   かーぜに揺れてる …… ♪

何かの西部劇の主題歌だったか
何十年ぶりかに聴くこのメロディ
すると
はるか遠くに過ぎ去った日々のことが
まざまざと蘇える
妻はにわかに若返り
遠く過ぎた世界へ一瞬に立ち帰る

高らかに友らと語らい
笑いさざめきながら
花散る校庭をそぞろに漫歩する
明るくさわやかな笑顔
肩に流れる
つややかな黒髪
歩みにつれて 紺色の
スカートの襞が揺れている

そんな姿に
飽かず見惚れていた
いつまでも見惚れていた ……

ああ 美は束の間

夢のように消えて
跡形もない


                      

  

 


所属:「イリプス」
著書:『近郊の山々に捧げるソネット』『時の嵐』





山下俊子


「窓」

 

           
ぼんやり机に頬杖をついていると
遠くから盆踊りの唄が聞こえてくる

僕ね お盆には家に帰るからね
踊りの好きな子 祖母と輪のなかで跳ねていた
コバルト照射と新しい薬で消えた腫瘍
医師と約束した一時帰宅が許された

車椅子で生活できるように部屋を改装し
いつでも道行く人が眺められるように窓を大きくした

片方の瞼は落ちておしあげないと見えない
右手は力を入れると不随意運動をおこす
足は震えて自立できない
言葉も思うように発音できない
でも 笑顔で敷居をまたいで帰ってきた

祖母は涙声で出迎え
父は無表情で手をさしのべ
私は好きな唐揚げをおおざらに並べた
妹や弟とふざけてテレビを見ている
十三年間すごした家族のぬくもりに抱かれて
ゆっくり眠っている

つかの間の幸せを腫瘍の再発がうばって
二度と笑顔で敷居をまたぐことはなかった

残された窓から眺める
私の内側を無数のひとびとが通りすぎ
またたくまに三十年がながれ去った
友が届けてくれた もじずりの花
身をよじりながら夏の空へ登ってゆく






 

 


所属:「リヴィエール」「衣」
著書:『黄色い傘の中で』





山田兼士


「一九七四年のムスタキ」

 

 

           
ジョルジュ・ムスタキ死す 享年七九
エジプト生まれのユダヤ系ギリシア人
パリに出てピアフの「ミロール」を作詞
シャンソニエとして成功した「異国の人」

大垣生まれのぼくが兵庫県西宮市の
学生下宿に住み 中古テレビで毎週見ていた
ドラマの主題歌は「私の孤独」
「いや ひとりじゃない 孤独とふたり」

二〇世紀版ボエームと呼ぶべき
貧しい青年たちに自分を重ねた
時折挿入される「希望」のメロディが
期待と不安と屈託で部屋を満たした

フランス語講座ではムスタキの
別の歌が流れていた
「ヒロシマに あるいはもっと遠くに それは
明日やって来るだろう」 それ とは平和のこと

小遣いをはたいてLPレコードを買い
壊れかけのステレオで繰り返し耳コピー
傷だらけのギターを鳴らしながら歌った
聴く者のいない「私の孤独」と「ヒロシマ」

夜中にドアを蹴って行く暴力系住人
大声でがなりたてる酒乱系住人
酒を無理強いする体育会系住人
喧噪の中の孤独を知った二十歳の春

同じ孤独なら静かな方がいい
ドラマさながらの古アパートに
孤独とふたりの生活を得たのは夏至の日だった
ムスタキが「生きる時代」を歌っていた

            *カッコ内はいずれもムスタキ






                    



所属:日本文藝家協会 日本現代詩人会 詩誌「QUARTETTE カルテット」
著書:詩集『微光と煙』『羽の音が告げたこと』
詩論エッセイ集『詩の翼』








inserted by FC2 system