「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

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かしはらさとる



「白いカバン」

       

    
おばあちゃんはもくもくと歩く
 腰をまげ ふとめの杖をしっかり持って
左肩から右わき腹にかけて
 白いカバンをななめにさげている

たかしが おばあちゃんにたずねている
「おばあちゃん どうしていつも白いカバンをさげているの」
おばあちゃんは答える
「いちばん下の息子※1がね
 いつもこのカバンをさげて学校にかよってたの
  戦争に行ってそのまま帰らんのよ」

「かわいそうに 北のくにの凍った土の下に埋められての」
「今日は おへんろの日※2やから
 いっしょにつれて行ってやろうと思っての
  お大師さまもついてくれはるし」

子らはだまって おばあちゃんの後をぞろぞろついて行った
ずっと先を歩くお兄ちゃんおへんろが ふり返って大声で叫んだ
「ゆっくり休み々来るんやで おばあちゃんがしんどそうなかったら
急いで知らせてな」

からだの赤いトンボの群れが低く々飛びかい
 そのなかの一匹が
おばあちゃんのすげ笠にとまった
立つ吉が 人さし指をぐるぐるまわしながらトンボに近ずく

まさ子が「しっ!」と制した トンボはさっと飛び上がったが
 ふたたびすげ笠に止まった!!



※1 筆者の母方の叔父に当る、
   一九四五年中国奥地の外モンゴルで第二次大戦末期ソ連軍につかまり、
   シベリアで死す。
※2 瀬戸内地方 因島の『因島四国参り』を指す、
   春は旧暦三月二十一日(新暦五月九日 弘法大師の命日)で、
   お大師講とも呼ばれ、全島あげて信仰を深め巡拝などの行事を行う。


                      

  

 


著書:詩集『島おへんろ』『増補版 島おへんろ』





宮崎陽子


「本」

 

           
虹の橋を
かけ上って
雲をつかみたいと思った

お菓子の国で
チョコレートをたらふく
食べたいと思った

フリフリのドレスで
着飾って
踊りたいと思った

扉の向こうの
草原を駆け抜け
いつしか旅をしていた

それらは清々しく
記憶の奥深くへと
消えていったはずのものたち

幾つもの季節がめぐって
あの時
あの瞬間の思いが再び蘇る
何層にも重なり合い

慎み深く
穏やかに
生きていることを
愛おしくさせてくれるのだ






 

 


所属:万寿詩の会





吉川悦子



「ふで箱」

 

 

           
小学校に入学する時
初めて持った
ふで箱
まっさらな鉛筆と消しゴムが入っていた

ふで箱は学年が上がるにつれて変わっていった
セルロイド
カンペン
ビニル製
チャックのついた布製
中身もどんどん増えていった
そして教師になって
赤ペンが加わった

これらのふで箱を使って
文字を書き 数字を書いて
生きてきた

退職した今
ふで箱の中には
ちいさな鉛筆とけしゴムだけが残った
でもこれは
今も
私の知性を存続させてくれている証となるもの

これからこそ 頼むぞ






                    



所属:万寿詩の会








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