「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

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 阿形蓉子



「梅干し」

           

昭和生まれの人なら
昔の梅干しの味を知っている
すっぱくて 塩辛くて
お腹をこわした時の特効薬として
おかゆと一緒に食べる
最近の梅干しは
お菓子の一種のよう
 甘くていくつでも食べられますよ
と 南部の梅干し工場の試食会場
はちみつ漬けだのなんだの
工場を案内した人が
梅干し作りの説明をする
 梅干しができ上がったら水洗いをする
 それからはちみつに漬けたり
 色々調味料を加えての
 加工食品となる
 だから賞味期限が必要である と
母の作った梅干しは五十年経っても
まったく味が変わらず美味だった
現在の加工食品としての梅干しは
梅干しではない
名前を変えなければいけない
十数年前 夏にもらった南部の梅干しが
十日もしないうちに常温でどろどろになった
出荷前に水洗いするとは知らなかった
賞味期限があることも知らなかった
同じ名前の食品でも
時代の推移とともに中身も全く変わる


                      

  

 

所属:詩誌「葦笛」
著書:紀行文『ブリテン島めぐり』 詩集『旅のスケッチ』『つれづれなるままに』





大西久代


「みょうふくさん」

 

           
名を呼ぶと にわかに松の葉がざわめき
幼年の淡い日が波のように寄せくる
みょうふくさんとは何なのか
私の何を引き戻し
朽ち舟の舳先へ ともしびを掲げようとするのか
時は昭和三十年代
紡績工場の広大な社宅を守護するように
北側入り口の高台に鎮座していた
稲荷神社?
その道を西へ行くと瀬戸内の海へ続いた

こどもたちの格好の遊び場だが
夏には燈明が灯され お供え物が捧げられ
皆でお参りをしてのちお祭りは始まった
広場をうめつくす夜店の賑わい 
焼きいかの香ばしい匂い カーバイトの明かり
こども相撲大会の大歓声 下駄を鳴らし踊った盆踊り

いつもは兄たちが遊ぶ高台へ
ひとりやってきたその日
雨が降ってきた
散り落ちた松葉に雨水が沁みこみ 
その輝度に見とれる 
振り返ると祭壇と向き合う
そこに何があったのか
今はもう何も覚えていない
ただひとり雨のしずくに耳を傾け
みょうふくさんと居るこの空間を
畏怖の思いで抱き続けた
しじまの中
松の枝々が私を大きく包み
みょうふくさんの視線が
広場を波打って拡がっていく




 

 


所属:日本現代詩人会
著書:詩集『風わたる』『海をひらく』




下田喜久美


「実る麦を活ける日」

 

 

           
つくつくと活けられた麦は
水盤の中でチューリップと並んで
     スイートピーと並んで
春を歌う

パンとなり
ケーキとなり
せんべいとなる麦の穂
あなたの心が今
私達の食膳に具せられる時
あなたの心は他を利するのだ
ただの実ではない
地球の利他のために
幾万の実のなかからほとんどを利他に尽くす実りなのだ

他の食物のために又小鳥たちのためにあるとすれば
人間たちは誰のために尽くすだろう

麦の葉を見ても
その心を内包すれば
麦は麦であって仏様であると思えます

心は礼拝する
私は如何?
麦に負けたくないものだ


 

                    



所属:日本ペンクラブ 日本児童文学者協会 「このて」主宰
著書:『葦草に光る雲の塔』『現代児童文学詩人選集3 下田喜久美詩集』『スタートの朝』







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