「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第9集)から
掲載させていただきます。

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北口汀子


「鬼の棲む街」

           

灯ともし頃
ふらりと迷い込んだライヴ・ハウス
久々に浅川マキを見た
マイクに向かって
今宵もアザミの血を散らす

そう言えば、昔、若い女が男を刺し殺したんだっけ
否、若い男が年増女を刺したんだった
訳知り顔の常連が吐き出すように呟いた
「どっちもあったさ」

髭剃り痕に白粉を塗り込んだ
マリアの店には いつも
男に振られた男たちがたむろし
片割れの代わりを探り当てては
壁の隙間に消えていく

年齢をごまかしてトップレスバーで踊っていたMが
ふいにこの街から消えてしまっても誰も気にしなかった
数か月後
ハイブランドのドレスを纏ったMが
ポスターから秋波を送る

片言の日本語や耳慣れないメロディの言葉が行き交う路地裏
夜が更けるほどに
誰のものとも知れない影が蠢いている

終電がこの街から酔いどれたちを運び出した後には
家のない仔が掃き寄せられる
捨てられた仔 売る仔 盗む仔 名もない仔
夜を塗りつぶす騒がしい煌めきの中
鬼の爪痕を背負ったまま私は今も始発電車を待っている


                      

  

 

所属:詩誌「リヴィエール」文芸誌「たまゆら」
著書:『微象(かそけきすがた)』『漆黒の阿(しっこくのほとり)』





原田 慶


「風草」

 

           
ずっと二人で歩いてきた
いつもいっしょにおなじ道を歩いた
野の道 山道 古い道 舗装された道
そして今日も二人で歩いてゆく

私は歩行車につかまって
背中をまるめ
ざっざっざっと靴音をひきずって

車の方向が定まらず
左へ寄りすぎると
あなたが手をそえて右へ押し戻してくれる
車がはやすぎて足がついてゆかないと
ちょっと車をおさえてくれる
そうして二人で歩いてゆく
私たちはすべてがおなじとはいえなかったけれど
いつも離れることはなかった

道のわきにはえて胸の高さまでのびた風草が
枯れ果てて 山姥の白髪のように
風に吹かれてしなだれかかる
私はそれをただ押し退けるようにして進む

立春がすぎてもう春だけれど風は冷たい
水捌けがわるいらしい田に一面
苔のように生えた雑草はまるでビロードみたい
そして 私たちは歩いてゆく

私たちの後姿は
寂しさか哀しみか それとも安らぎか
なにを語っているだろう
二人の影は今日も
風草の道に記憶され 通りすぎる




 

 


著書:詩集『野の饗宴』『芳野川』『邯鄲の里』




諸行 響


「黄色いリボン」

 

 

           
♪ あーの子の黄色いリボン
   かーぜに揺れてる …… ♪

何かの西部劇の主題歌だったか
何十年ぶりかに聴くこのメロディ
すると
はるか遠くに過ぎ去った日々のことが
まざまざと蘇える
妻はにわかに若返り
遠く過ぎた世界へ一瞬に立ち帰る

高らかに友らと語らい
笑いさざめきながら
花散る校庭をそぞろに漫歩する
明るくさわやかな笑顔
肩に流れる
つややかな黒髪
歩みにつれて 紺色の
スカートの襞が揺れている

そんな姿に
飽かず見惚れていた
いつまでも見惚れていた ……

ああ 美は束の間

夢のように消えて
跡形もない


 

                    



所属:「イリプス」
著書:『近郊の山々に捧げるソネット』『時の嵐』







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