「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

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 風呂井まゆみ



「きょうだい」



帰り途

環状線の電車のなか

姉と兄と私が

それぞれの手を出す

三人の両手

誰も父の手を思い出せない

骨格は兄が似ているので

兄の手が似ているのだろう

 

母の手はみな覚えていて

でも誰もが似ていない

晩年 車のドアに手を挟まれ

二本の指が真直ぐ伸びない

真似して笑う

 

三人の両手

年をとっていた

 

祭日に混雑する

JR大阪駅中央改札

 

「さようなら」

別れる時はさりげなく

以前からの約束ごと

それぞれが違う方向に

手を振りながら

喪服姿のきょうだいが

消えていく

                       

 

 

所属:大阪文学学校
著書:『私は私の麦を守っている』『帰郷 早春の山ゆり』





山下俊子



「明日へ」

 

マグマオーシャンの火の玉であったことも

原始海洋が青い惑星を生んだことも

300C°の熱水噴出孔で初めて命がうまれたこと

そんな記憶はすこしもないが

 

春風の匂う野に

にょっき にょっき と芽がでると楽しい

ふうわり舞う蝶がうなじを掠めて飛べばうれしい

南国からやって来たつばめに宿を貸し

蟻の行列に道をゆずり

せっつく雀にパン屑をなげてアイコンタクト

あっちにも こっちにも

仲間がいっぱい

いっぱいいるんだ

 

田んぼの水の中には蛙の卵が無数

ひと粒 ひと粒 蛙になるふしぎ

タンポポの黄色い花がしろい綿毛になって

風にふかれて住処を探すふしぎ

不思議だらけの地球のうえで

なんの理由があるのか

人が人をためらいなく殺すふしぎ

 

夕焼け空をみていると

まっ赤な太陽の光をすくって

琴線をつまびく風の指先はあたたかい

原始海洋の胎内にのんびりと浮かんでいる

 

所属:リヴィエール
詩集:『無患子』『黄色い傘の中で』




加納由将



「違う世界へ」

 

 

君はどこへ行ってしまった

あたりは

真っ暗で静まり返っていた

僕は首だけ動かして

視線をとがらせた

何も見えない

分からない

一人になってしまったのは

確かなようだ

しかも取り返しのつかないような

 

そう 思い出した

一緒に歩いていたのに

道端の草に

飲み込まれて

土手を転がった

そこに忘れられた井戸が

あってその中に

すっぽり落ち込んだのだ

 

他から見ると

消えたんだろうね

でも誰も探してはくれなかった

底は井戸ではなかった

大きな大きな世界だった

 

二層になっているようだ

そう 世界があった

遠くで呼んでいる声がした

                       



所属:HPO身来詩  PO
詩集:『夢見の丘へ』『未来の散歩』『体内の森』







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