「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

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  方韋子



「なあ お袋」



お袋はえんどう豆のさやを剥くのが上手やったな

(嬉しそうな顔をする)

左の掌にえんどう豆のさやを押すように当てる

するとポンとさやが割れて

そこへ親指を入れて

パラパラと流れるように豆を取り出すだけ

5秒もかからんかった

(少し顔を赤らめてにこにこする)

お袋の真似をしようと何回もやってみたが

わしはいまだにできんわ

(ちょっとしたこつといわんばかりの顔をする)

 

なあ お袋

人は死んでも その人のことを

憶えてくれている人が生きているあいだは

死んだ人はまだ生きているんやって

 —そうどすか?

わしも七五や あと十〇年も生きんやろ

もうお袋の死ぬ日も近こうなるな

 —孫かっておるやおまへんか

おお そうやった そうやった

孫は全部で五人 まだ五〇年は大丈夫か

よかったなあ 長生きできて

(またにこにこ笑う)

そやけどお袋の豆剥きのこと

わしがおらんようになったら終わりやな

 —そんなこともう昔のことや それより

  孫たちはわてのこと思い出してくれるやろか

思い出す きっと 自分に孫ができると

おばあちゃんはがまぐちを持って

駄菓子屋へ連れて行ってくれたって思い出すよ

 —楽しおしたな

えんどう豆も剥き終えた 今日はここまでや

 —また 待っとるさかい

ほなな

 

 

所属:現代京都詩話会
著書:詩集『路逢の詩人へ』




境 節



「つながる」

 

年を重ねたのか

友は恐いゆめをみるという

わたしは現実がおそろしいのか

やさしいゆめをみている

ほろんでいくことが

はっきりしていく自覚のなかで

やんだ友がいつも呼んでいる

ちから強く支えていた手が

冷たく細くなっている

友へのおもいが

消えずに続く

あつく脈うつものがうまれてくる

表情がやわらかくなって

一瞬がすぎる

心の底からつきあげてくる

おもいをかかえて

生きようか

日々の変化のなかで

つながるなにか

形を 色を とりかえす

ひとり残されるかも知れない予感のなかで

さいげんもない世界を

みつめていく

もやもやとした

生をぶらさげて


 

所属:日本現代詩人会 黄薔薇 どぅるかまら
著書:詩集『ひしめくものたち』『道』『歩く』



加藤千香子



「最後の授業」

 

 

心の中で消し去りたいものがあるなら

すぐには消さずにいよう

しばらくそっと見つめていよう

 

その想いの中に

言い表せないものがあるなら

その想いの音が微かに耳元に届くまで

しばらくそっとそのままでいよう

 

そして胸の中の深い緑色の黒板に

隙間なく埋め尽くされた

壊れそうな文字のひとつひとつを

手を振るように

右に左にゆっくり消してゆく

 

消し去りたいものがいつか

解けそうで解けなかった想いに

小さな答えをくれると信じている

 

こどくとはなんだろう

やさしさとはなんだろう

言い表せないものを見つめながら

これからも生きてゆくのだろう

 

卒業の日

先生の黒板の文字を消す腕が

「さ・よ・な・ら」と

大きく手を振るように

右に左にゆっくり揺れていた

 

ガラス越しの光が

深い緑色の黒板いっぱいに射していた

さやさやと最後の授業の教室に




所属:「PO」「MY DEAR」







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