「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

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  伊藤眞司



「牡蠣の焼ける匂い」



小雪がふる寒い今日だが

紀子は友達と海辺の村へ行って

生牡蠣を買って来た

そいつを鉄板で焼いて食うのだ

いい匂いがたちのぼる

隣村の義母さんもつれて来て

いっしょに食べる

焼けるとパカッと口を開く

ホワッとひろがるうまそうなにおい

ばあさん 先食え

紀子よ さあ食え

六十年前の

少年の自分に食べさせたかった

あの頃の弟や妹に食べさせたい思いがわいてくる

あの頃は食うものがなかった

ほんま思うなあ

 

おふくろは遠の昔にいないが

たくわん漬ばかり食べていた

キュウリ漬ばかり食べていた

ナスビ漬ばかり食べていた

塩こぶだけで食べていた

味噌汁で豆腐のうけのときは

父やぼくたちに豆腐をよそおい

おふくろは汁だけすすっていた

おふくろは四十四歳であっちへ行った

 

いまのいま

このような感傷さえ

根こそぎぶちこわすものがじりじりせまる

二〇一一年三月一一日・福島第一原発炉心溶融事故で

目が覚めたはずなのだが

政治家も新聞テレビも本当のことを言わない

正体は朧だがじりじりせまる

 

 

所属:三重詩人 三重県詩人クラブ 日本現代詩人会
著書:『切断荷重』『ボルト』『骨の上を歩く』




徳永 遊



「物言わぬ七月」

 

二階の六畳間

窓をみんな開け放して娘と寝ています

今は七月の真夜中

 

スース―スーと

風が吹き渡ります

 

結婚につまずいた娘

それ以後押し黙った娘

母を許してくれない娘と

 

母はこんなに老いても

子宮に居た娘の感覚を覚えている

何処に居てもいつも一緒だった

あの不思議な充実感を思い出す

 

まるでこの世に

二人だけで居るかのように思えてくる

こんな片田舎の町なのに

ひんやりとした誰も来ない森の中に

二人だけで居るような

 

スース―スーと

風が吹き渡ります

 

おや 鳥の鳴き声が聞こえてきた

あれは何の鳥かしら

今時分 鳴いてくれるのは

けれど透きとおった澄んだ声で快い

 

心配しなくてもいいと言ってくれているのか

そのうちいいこともやってくると教えてくれているのか

 

スース―スーと

風が吹き渡って行きます

 

所属:日本詩人クラブ 近江詩人会
著書:『雲子』



加藤千香子



「日向ぼっこ」

 

 

さといもが好きで

ある日 えい 面倒と土つきのまま皮をむいた

洗っても洗ってもグレイ

ついに 灰色のまま里芋を煮た

 

茶の師匠 齢九十をこえ 煮っころがしが好き

医者の息子が千万もするロボットを与えた

自然とだけ向き合ってきた茶人

もの このロボット

声といい顔といい 仕草身のこなし 不自然で吐き気がする

ロボットを押し入れに叩きこんだ

 

介助犬ロンはおばあさんと以前から仲良し

人間とは文字通り 人の間で人の機微をくみ人肌を感じ

言葉少なに振る舞うのが奥床しい

 

今 人と話さず声も出さずだまって静かに

掌より小さい機械と会話している

話しかけるとうるさそうに灰色のくもり顔 道もきけない

 

放射能の中震災の瓦礫の下かいくぐり勇ましいロボット

ここに何千年も生きたロボットがいるとして

彼は学習しておくゆかしくなりましたか

 

アイフォンに指をふれるたび

機械の鱗が一つだけ貼りつきグレイ脳が進化する

人間が機械を制覇しているのだぞ

 

幼いキリストの持つザクロ

蓮の花をしなやかな指にすらりと立つ観音

いま 人類に持たせる象徴とはアルハーハ シーターハ

 

ロンはおばあさんの言葉も人の機微もわかり

何んにもいうことなく

二人は日向ぼっこ




所属:日本現代詩人会 三重詩人 ギプスの気象
著書:『塩こおろこおろ』『POEMS症候群』







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