「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

過去掲載分はこちら




  岡本真穂



「乳房」



さあ  おいで

あなたの母は ここにいる

私の目をみつめ

天使のような顔をして

私の顔をじっと見る

 

小さな紅葉のようなやわらかい手が

私の胸を押さえ

誰にも取られない警戒心を持って

力強く 私の乳房を吸う

 

小さな口で溢れ出る乳をゴクゴクと

飲む

胸にあてた小さな手から私の心音だ

伝わり

おまえは 安堵の顔をする

 

もういいの

お腹がいっぱいになった

あなたの母は

やさしい顔をして頬笑む

 

女よ!

赤子は母の体温で育てられることを

願っている

 

女よ!国家よ!

せめて三才になるまで

母の手の温もりの中で

育ててくれないか

 

赤子は 母の乳房を吸いながら

無言の愛を感じ

確かな 人間の愛と云う言葉を知る

 

 

所属:神戸芸文
著書:小説『御影』、詩集『花野』『神戸蝉しぐれ」ほか




亀井眞知子



「きりん」

 

ジラフ ジラフと風が呼ぶ

ジラフ ジラフ おまえの故郷の声

ジラフ ジラフ

おまえは どこにと

 

北天の麒麟座に光る星よ

父母は 私に麒麟になれと望んだか

それとも

ウシ目キリン科の中で

眠るように生きろと教えたか

ジラフ ジラフと吹く風に聞く

 

首をのばし木の葉を食み

時折聞こえる

「きりんさん!」の小さな声に

長い睫毛をとじてウィンク

今日の仕事はそれだけ

あとは樹の葉を食み

短い眠りの中の故郷に帰る

 

突きあげるように駆けだしたくなる時

深い息をして 足に言い聞かせる

お前が速く走れるというのは幻想だと

毎日 毎日 言い聞かせて

突きあげるような本能を押し殺して

空に 首をより高く伸ばし

白と茶の斑紋で着飾った

孤高の王になる

 

ジラフ ジラフ

風よ私を呼ぶな

私を 目覚めさすな

ジラフ ジラフ 私は平穏の風の中

もうサバンナには帰れない

 

  *ジラフ アフリカでのキリン科

 

所属:兵庫県現代詩協会
著書『小手鞠』『放課後』



中山 巧


「あなたを」

 

 

せまい入り江の 浅い海の底に

あなたは生まれた

 

夜明け前の魚に学び

真夏の汗はゆるゆるさまし

呼吸をつづけた

 

年半ば老い 陸に上がり

 

とがった石ころだらけの畑を

鍬一つであやしながら

くだいた土を食み

 

芽ぶきから ふれあい よりそい

ひとときもいかにあるかをわすれず

野菜になった

 

死んでもいい 種子さえ残せば

 

葦の繁った浜

山からモッコをかつぐおなごの筋肉が

半農半魚の村を築いた

 

海の見えない旅に 震えを隠さず

北風台風に

黒い爪を立て はいつくばって堪えた

 

あなたの年表が

もうすぐつきようとしています

 

極楽蜻蛉 ただひとり

うすい両ばねで あのような高い空

 

青みのあわときえようと

私はあなたをなくさない

 

 




所属:三重詩話会








inserted by FC2 system