「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

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  和比古



「やさしさを感じて」


壁にピエロの人形

人間たちの家に住んでいる

人間ともっと親しくなりたいと思っている

ピエロの姿をしているためか

笑った顔をしていても

彼らの仲間にはなれない

ピエロはピエロとして生きている

権力を背景に脅かしのような発言は

何の意味も持たないのにまかり通る

これが人間の世界の現状だ

見かけ上は綺麗ごとで飾っている

でも日常的に人権が踏みにじられている

自らのエゴのためにしか動かない人間たち

どこにでも厚かましい人間はいる

マスコミは表層的なことしか伝えない

子供たちもいじめを行う

いじめられれば仕返しをする

こんなことをしていては

駄目だともわからない


心を通わすためには

やさしい心が必要かもしれない

仕方なしにピエロは壁にいる

涙をそっと流している


朝、突然ピエロが踊り始める

部屋に悲しみが伝わる

やさしさのわかる者たちが

ひとりふたりと仲間として連なる

矛盾するピエロの心の奥にも

笑いがひびく

決して冷笑ではない

心底から笑っている

その声が青い空に拡がっていく

所属団体:兵庫県現代詩協会 日本国際詩人協会 軸
詩集: 『風の構図』『道化の構図』『擬人の構図』




宇田良子



「鶯宿梅(おうしゅくばい)」


洗いたての足袋をはく


肌じゅばんの背縫いを引っ張りながら

後身頃の裾を一寸ふみ

衿をたっぷり合わす

丸くなった背中に沿うように


やっと着上げ 帯を結ぶ

着物と帯が夫々の形を主張するなか

力の弱まった手が痛む

老いる早さと その哀れさを

鏡台にぶつっける


庭先きの白梅から

初音が聞こえる

さえずりを片耳に流しながら

茶室の敷居を

小股で またぐ


*鶯宿梅 紀貫之の娘である紀内侍の邸内にある梅の木

所属団体:近江詩人会 はうふ・とおんの会
詩集:『冬日』『恋』『堀のうち』




諸行 響



「狂える弟を送る」


漲り溢れる緑の上に

夏の日ざしが激しく照り輝いて

ここ 外にはたぎる命がある


しかし一歩室内に足を踏み入れると

一つの命が終わり

遺体をめぐって

辺りはほの暗く静かである


いのちの奔騰する季節に

遠くへ行ってしまった弟よ

お前にとって喜びとは何だったのか


生涯伴侶に恵まれず

絶えず世間と抗い

ときに不安に脅え

頼りにした兄は頼りにならず

あげくに幽閉されて

ただ苦しむために生まれてきたような人生

そんな生き様が哀れでならぬ


お前の白く青ざめた顔――

その苦しみもようやく終わったか


やがて勢いよく炎となって

夏の碧空に立ち昇り

束の間

世を睥睨するがいい

所属団体:イリプス
詩集:『近郊の山々に捧げるソネット』『時の嵐』








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