「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

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猪谷美知子

「かくれんぼ」


紫が目の前に

一列目 二列目くぐって また紫

空の色も紫

 

古着屋のお末ちゃんの家でかくれんぼ

 

紫色ばかりが目に入り

桃色も紅も緑もあるはずなのに

宮参りの晴れ着の色か

記憶にはないはずなのに

なぜか

 

吊るされた着物には

手を通した人の数 脂粉が滲み

垢で汚れた襟

じっとこちらを見ている

新しい主を探して 虚ろな目で

 

あなたが好きよ と紫がつぶやく

あなたってだあれ

 

紫は私と

くっ付いたり 離れたり

だんだん

得体の知れない色

に 変わっていく気配が

 

どこに隠れたのお末ちゃん

見つからないわ



所属団体 関西詩人協会 日本現代詩人会
所属詩誌 『風の音』
著書 『亀との夕刻』『水槽の中で』


根来眞知子

「なまこ」


ぷにょぷにょ ぬるぬるには

いまだに慣れないけれど

寒い頃の口福の一品

なまこの酢のもの

 

さっと腹を割けば

流れ出たのは海の潮か

体内は口から肛門まで管一本

摂取と排泄

大切なことはそれだけだ

 

肺や心臓や肝臓など

無いと言うことは癌の心配もない

顔も頭もないんだから

ブスの悲哀もはげの屈辱もない

脳みそも無いんだから

試験の恐怖心もない

心を患うこともない

 

友もいなければ親戚もないから

わずらわしいもめごともない

海の底で今日も明日も食べて出す日々

あれもないこれもない

ないないづくしの何という潔さ

 

シンプル イズ ベスト

 

神はなぜ人間を

こうも複雑な生き物にしたてあげたのか

もっとシンプルだったら楽なのに

体も心も生き方も

進化って一体なんなんだと思うころには

ゆずの香りもたっぷりな

なまこの酢のものはできあがり

 

ごはんだよ

所属団体 関西詩人協会、現代京都詩話会

著書 詩集『たずね猫』


北村 真

「キハーダ」


馬の骨で

こしらえた楽器です

木舟をふたつ

重ねあわせたような形です

キハーダといいます

 

木の撥を高く掲げ

バンドリーダーの河本さんが

キハーダの演奏をはじめると

体育館じゅうの窓が震えた

 

歯と骨がぶつかる音

遠く低くおしよせる鼓動

祝祭の朝にも 弔いの夜にも

いのちと対話するように刻まれたリズム

 

どれだけ骨を風にさらせば

音と音の間から青空が立ち上がるのだろうか

どれくらい 打ちならせば

乾いた音調がかなしみの海をわたるのだろうか

 

放射能に汚染され

薄暗い厩舎につながれたまま

取り残され餓死した馬

 

ほおばることも

かみしだくことも

反芻することも

できず

 

キハーダひとつ

口のなかに

忍ばせた

馬頭の


所属団体 関西詩人協会、「冊」「詩人会議」

著書 『キハーダ』『始祖鳥』『穴のある風景』『ひくく さらにひくく』など。





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