「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。

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釣部与志

「しじま」


家人が寝静まったあと
お湯の浮力に躰をゆだねていた

破れた荒壁と細い柱が冷えきって
そとは氷雨に更けている

支え柱の芯芯がほのかにぬるく
たわみ よじれ ひずむ年輪

住みなれた建家が反りはじめて
ほぞ孔の木組みがあそんでいる

棟と梁が支えている重圧を愚痴り
床下の束(つか)だって不満がたまっていた

冬夏の暮らしをおおって
雨露を凌いでいた瓦にひびがはいり

日ごろは無口に堪えて佇んでいる
やせた部材がそれぞれの思いを述べたてる

猫背の柱は筋交いで補正してほしい
建具の間を抜ける隙間風を遮ってくれ

傘寿をこえた小屋組の部材が
憂さ晴らしの深夜の酒盛り
座敷童衆がたわむれている時間に御邪魔

所属団体 日本詩人クラブ、関西詩人協会   
所属詩誌「リヴィエール」 
著書『けもの道 風の辻』『湖南抄』


武西良和

「根来寺大門」


くすんだ門の
柱が洗われている

森をわたる風に吹きつけられ
時には突風をぶっつけられ
黒ぃ錆が洗い落とされていく

新緑の風のなか
立ってぃることが洗われ
柱の年輪の露出が洗われ
枯れていることが洗われ
門という建物が
真っさらになつていく

風が止めば新緑の勢いも萎み
鉄が錆びていくように
柱もまたもとの古びた表情に落ち着く

おそらく今まで
建立当時から幾度も
新緑に洗われてきたはずだ
洗われるたびに新しくなり
そして古びていく
建物の宿命
風が止むと大門が
新緑に向かって低く叫ぶ
――洗われていたのは
  お前たちだ。

所属団体 関西詩人協会、現代日本詩人会、日本詩人クラブ、日本文芸家協会
所属詩誌 ぽとり、コールサック、ここから
著書 『遠い山の呼び声』、『哲学の犬』、『きのかわ』





松原さおり

「森」


静かに京都鞍馬の森
周囲の大木に押し潰されそうな
一本のいろはもみじ
枝が頭上はるかに伸びている

と、
一陣の風が巻いた
赤 黄 橙 緑 薄紅の葉が
木漏日に煌きながら
星降るように一斉に落ちてくる
苔の上の落葉が舞い上がる
木々をくぐって光線がとり囲む
荘厳に秋から冬へ移ろいの儀式
見届けましたと
二羽の器鴿が姦しく飛び交う

滔々たる時の流れの中で
いのちあるものの思いを受け止め
千年を刻んできた森
思いは此処に生き続け
折り重なって森を育てている

二十二世紀に向かって
脈々と

所属団体 関西詩人協会
所属詩誌 風鐸





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