「会員の詩」の頁です。

関西詩人協会自選詩集(第7集)から
掲載させていただきます。



今回のテーマは「川」です。




井上哲士

「賀茂川夕暮れ」


ゆりかもめの遊ぶ浅瀬にひろがる
波の模様のなかから
響いてくる風のうたがある

生まれ故郷を偲びながら
ともに来ることのできなかった
親を想う羽繕いの波紋

途中で隼に襲われて
命を落としたひな鳥を偲び
無性に羽ばたいて
水を撒き散らす母鳥のしぶき

春に目覚めて
精いっぱいの自己主張をして
流れに逆らいながらも
雌鳥を追い飛び立つしぶき
川の流れは
鳥たちの羽ばたきと
交し合う鳴き声を
まるで無視したように駆け下り
鳥たちの帰巣を見送る

やがて光は薄らいで
波模様が薄れるころ
時は静かに
夜をつれてくる
風が 暗聞のなかで
何もなかったように
流れのうたをひびかせる

北山大橋のシルエットが
闇に溶ける

所属団体  関西詩人協会、現代京都詩話会 
所属詩誌 『呼吸』




桂あさみ

「あそびごころとふるさとの川」


床(ゆか)の下を流れる水色の中に

一枚 また一枚ぬいて
いたずらに 投げる 花びら
染めて 濃く揺らぐ速清水

目を奪われ
身体の芯まで浸るころ
魚たちの 小石や砂をふくんでは
吐き出す 泡のようにふっ ふっと
あそびごころが 浮き上がる

魚になりたかった
幼いころの川あそび
やけた膚を 流れに任せて
夕方までも はしゃいで
友禅流しのように晒していた
あのころの友をおもいだす

わたしは
胡楊林(コヨウリン)の中を駆けめぐる風に似て
群青の空のようにすっかりわすれて
ながい時が経ってしまった

岩の間を縫って
透明の速い流れをみているうちに
ふる里の川の流れ そのままに
昨日のことのように おもえてきて
ふる里の川へ帰ろうか
魚のように 生まれた川へ

所属団体  新日本文学会、兵庫県現代詩協会、新現代詩





和田杳子

「河鹿蛙」


もう二度と立てない位に やせ細った母の足を撫でながら
河鹿性の美しい声を聞いている
心臓へと少しでも血が流れるように
そっと指に力を入れて

束京の大空襲の中 妹を抱いて猛煙をくぐった母の足
一家五人の命を文えるため 食料不足の台所をさまようた母の
細い足を薄い毛布でくるみ
温めながら聞く河鹿蛙美しいテノール

焦土と化した東京から
京都に帰ってきて住んだ山間の村の川のほとり
貴船を源とする渓流が一筋下るここ二の瀬

冬眠から覚めた五月の日暮れ
初めは 遠くに 近くに やがてのびやかに声を揃え
一斉に鳴き出す河鹿蛙
無防備な小さな身体から奔るテノール
風に乗り 天から降るように聞こえてくる声
〈ひゅるる ひゅるる るるるるる〉
「どこで鳴いているのかしら」
「お母さん、家の前はきれいな川
清らかな水の川上で
河鹿は決まった岩に集まって鳴くと聞きました」

繊細な無数の鈴
幾百本の細い名笛
この世のものでない小鳥の声のように 山間に響き谺し
<ひゅるる ひゅるる るるるるる>
生者も病者も死者をも浄める天上からの声

そして盛夏のある日 淀んだ水の石陰や野草の根に卵を託し
ふと山間の闇に声は消えてしまう

古里を離れて幾十年の歳月
渓流の河鹿蛙と母の思い出

所属団体 日本ペンクラブ、メディチ文化協会
所属詩誌 『コスモス文学』
主な著書 『蟹』 『雨蛙』 歌集『月の琴』

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