関西詩人協会運営委員の頁

佐相憲一(さそうけんいち)委員



略歴


1968年横浜生まれ。早大卒。

詩集『愛、ゴマフアザラ詩』(小熊秀雄賞)『永遠の渡来人』『心臓の星』『港』『時代の波止場』『森の波音』など計8冊。

詩論集『21世紀の詩想の港』。エッセイ集『バラードの時間―この世界には詩がある』。

日本現代詩人会、日本詩人クラブ、詩人会議、「いのちの籠」、「軸」、旭川文学資料友の会、池袋モンパルナスの会、横浜詩人会、各会員。

詩誌「コールサック」共同編集人。個人詩誌「進化論」発行。

 

  

   佐相憲一





〈青春〉

の実態は

 

〈青〉

がくすんで

 

〈春〉

はどんよりと苦しくて

 

それでもどこか

草いきれにむせる緑色だったり

黄色やピンクのときめきだったり

後からは

青く見えたりする

 

〈まだ青いね〉

否定じゃない

 

青くなれること

それはそのまま

すてきなことだ

 

生きていると

激しい雨が降ってきて

雷が骨と骨の空洞に鳴り響き

なかなか先が見えなくなって

嵐は大切なものを次々と吹き飛ばし

雨漏りがおさまらなくなる

灰色の情景は黒ずんできて

原色がはるか遠くへ見えなくなる

 

それでももちこたえているといつか

風がそっとやってきて

雨があがったりする

 

銀色の向こうに

新しいニュアンスの

青空だ

 

夕焼けがにじんで

新しい力が満ちてくる

 

骨は感じる

空洞を埋めてくれたこの風は

愛にちがいない

 

夜空の群青色は闇じゃない

月に洗われて

昼の快晴空よりも

もっと深い青

 

生きていくことは

本当はずっと

青いのかもしれない

 

雨はまた降るだろう

だが雨にも愛がしみこむなら

何も恐れなくていい

 

〈まだ青いね〉

〈これからも青いね〉

 

それは大いなる肯定の海であろう






月食       佐相憲一





影を重ねるのだ

疎外された光を鎮めて

撫でていくのだ

 

小さくなりがちの

生に

宇宙が迫る

 

 * * * * *

 

三日月だったり満月だったり

そのような

夜々の心のかたち

 

大きなひろがりを仰ぐなら

闇は漂白されていく

 

見えない時も

つかずはなれず

青空のかなしみの彼方でも

うっすらと見守るもの

 

時の紫外線に耐えながら

熱に焼かれて傷を負った後

海原に心の波を引き起こす

異界の引力

 

他から我が身に照らされる光ごと

闇にいる他者を照らす

そのような存在

 

 * * * * *

 

着陸したそこが灰色のでこぼこであっても

夢のかけらもなかったと

宇宙飛行士は言わなかった

 

ここが青っぽいと強調したのは

きっと彼が

風刺詩人だから

 

本当は

ここをめぐる彼方への

幻滅ではなく

感謝を

伝える相手がほしかったかもしれない

 

うさぎはもう彼方にいないから

現代のかぐや姫は第三惑星にとどまるけれど

人為的に汚されていくこの闇を

照らし続ける

 

 * * * * *

 

夜の幕に包み込み

ゆっくりと

夢を回していく

 

そのように

内なる月食

 

尽くされるものから

尽くすものへ

 

影の舞踏の愛撫

 

〈いつもありがとう〉

 

見えることがあたりまえになって

照らされることがあたりまえになって

忘れてしまう

かけがえのないもの

 

薄明かりに

道の行方を信じることは

時代遅れなんかじゃない

 

闇を恐れず

歩き続けることだ

 

 * * * * *

 

むき出しの時代の熱にさらされて

愚かな国の

さびしい秋の夜

小さなまちの

橋で、道で、ベランダで、境内で

月と地球のラブシーンを見つめる人びとの

祈りの影が

そっと

発光している







水神       佐相憲一





落ち葉くるくる竜のうろこに

光の蛇の木漏れ日だ

水辺の時間

あちら側に風がわたっていく

 

旅館跡の廃屋に

社員旅行、接待、旅ブーム

バブル時代の亡霊か

行楽客も見あたらず

 

山里跡の

奥の渓流は

それでも鳥の楽園で

歴史を知っているかのような

それぞれの翼のうた

冬眠前の獣たちも聴いているだろうか

 

滝がぶつかって

流れ出す

命の活動の記憶

 

数百年前この渓谷で

木材労働の人夫たちが見た

二羽の鳩

毎日仲がいいのでこの土地は

鳩ノ巣と名づけられた

飯場のくらしも木の運搬も

田畑同様

水の恵みがすべてだから

水神様に分厚い手を合わせ

崖の小さな祠に酒でも供えたか

鳩の夫婦はそこで

男たちにどんな夢を運んだだろうか

 

瑠璃色の清流は

海へ出る頃には工業地帯のどぶの色

夢の分だけ

何かがくすんでいくのだろうか

 

ゴミだらけの都会の駅でも

鳩は霊鳥だろうか

平和の比喩は

まだ生きているだろうか

 

二十一世紀のマグリットがいるのなら

十七世紀の森の人夫の記憶に乗せて

翼のシンボルを

夢のはばたきを

こぶしの叫びを

愛のいろどりで

渓流に飛ばせ

 

荒れ果てた小さな祠

むき出しの崖の上

しぶきをあげる時の流れから

伝説のかけらを胸にひろって

ぼくは

愛するひとの肩を抱いて

水神様に

心の手を合わせる




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