関西詩人協会運営委員の頁


 

佐古祐二 委員
 


所属「イリヤ」、「PO」、「詩人会議」等
著作、詩集『ラス・パルマス』、『vieの焔』等
評論『詩人杉山平一論 星と映画と人間愛と』
日本現代詩人会会員
詩を朗読する詩人の会「風」世話人
詩マガジンPO編集長




「雨の日のフェミニテ」
 

夜の庭に あたたかな灯りの光が リビングの窓から洩れ来て広がっている 部屋の中は楽しげな家族の団欒だ 若く美しい妻とまだ幼い娘たちの笑い声が はじけている

(ぼくはここに居るよ! ほら ぼくはここに居るよ!)

           *

早朝 庭の片隅で 花を終えたハナミズキの若葉が元気な枝ぶりにびっしりと繁っている 緑の若葉は やわらかく降りそそぐ雨に洗われて 瑞瑞しい耀きを放ち 初夏の風に枝ごとゆれている 美しい歌声が微かに聞こえたような気がする 空耳だろうか ハナミズキの方から聞こえたような気がして 注意深く観察する あっ! 何かが枝陰に見え隠れする 小さな真っ赤な傘だ よく見ると きらきら光るバルーン・ミニスカートの妖精が かわいらしい仕種で一人楽しげにダンスをして遊んでいる リンガディンドンリングディンディントン リンガディンドンリングディンディントン リンガディンドンリングディンディントン 無言で手招きされて近づいてゆくと 妖精は徐々に大きくなって ぼくの背丈ほどになるではないか まわりの景色をみると ハナミズキの枝や葉が巨大になっている そうかっ! ぼくが小さくなったのだ 妖精は ぼうと白っぽく光るそれ自体が女性性(フェミニテ)のようなやわらかな指で ぼくの手をやさしく携えて ハナミズキの葉陰に 誘い込む

その日からだ ぼくがみんなの目には見えなくなったのは



「夢の結晶」
       
 

若い日に抱いていた夢を忘れ、忘れていたことさえ忘れていた。抜けるように青い空の下、凍えた池、その傍のプラタナスの並木道を、コートの胸元を掻き抱き、吹きつける風に平行四辺形になって、前のめりに歩く青年の姿を、朝の通勤電車の窓から見るまでは。

いくつもの情景が、脈絡なく現れては消える。空爆反対のデモでシュプレヒコールする姿であったり、集会の壇上から檄を飛ばす姿であったり、生首を片手に笑っている兵士の写真を見ている姿であったり、かと思えば、若き日のあなたと語らっている姿であったり、神田川のメロディーが流れる夕暮の学生街を二人して歩いている姿であったりもする。

あの頃、何かしら胸に抱いていたことを、私は思い出した。だが、それが何であったかは蘇ってこない。心に浮かんでは消える情景の奥の方に隠されているであろう夢の結晶をまさぐるが、つかんだつもりがすぐに溶けていってしまう。雪のかけらのようだ。もどかしくて、叫び出したくなる。

車内の音は何一つ聞こえない。携帯電話でメールを打ったり、ゲームに興じたりするわずかな音はもちろん、女子高生のおしゃべりの声やどっと上がる笑い声、流れてくる音楽の耳障りなシャカシャカ音、足を踏んだ、踏まないなどとやりあう声、その他諸々の音は私の耳には届かない。私は、しじまの中で青年の姿を追っている。

が、すぐに青年の姿は後ろの方へ飛び去って行ってしまう。と同時に、間もなく終着駅に到着する旨の妙に節回しをつけた車内アナウンスが聞こえる。途端に、様々な音が津波のように一気に押し寄せてくる。窓外の風景はいつもの見慣れたものだ。私は、重い鞄を降ろそうと、網棚に手を伸ばした。
 


 

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