関西詩人協会運営委員の頁




釣部与志



「ごはさんで ねがいましては」

 

 

暮らしに積み重ねた算盤を前後に揺すって

新しい老後の計算を始めようとするが

手汗にまみれて 珠の動きがわるく

串に刺さった珠が重たく絡まっていた

 

ひとつ一つの珠が小さく位置を占めて

生きた証が ゆずれない

珠算教室の生徒のように一声にご破算ができない

小前(おまえ)の詰まらない拘り誇り

 

生活の引き算をためらっている

大胆な割り算には 気持ちの整理がつかない

預金通帳の残高は減り続けて

しがみついている時間も減り去ってゆく

 

足し算が下手で 三代目の商売は唐様で書いた

倍増しにする掛け算の博打の才覚はなかった

射幸心をくすぐられて

握りしめた一枚の宝くじは溜息に消えていた

 

ちかごろは角張った算盤が流行らないから

量販店の店頭にあった手ごろな価格の計算器

テンキーのタッチもかるく

すぐに クリアーキーが左下にみつかった

 

液晶の数字は素速く反応して明るい

入力間違いがなければ 桁の多い計算も容易

どこか 昭和戦後派の男には画一的に思えて馴染めない

親指と人差し指がはじきだした珠の暮らし

 

市井の暮らしに 決算する必要があったのか

小前の小さな算盤をゆすって

たくさんの誤算があった これからも

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