旅の思い出


左子真由美

 

 

 初めてフランスへ旅した時のこと、階段を上っていてころびそうになった私に、かなり年配のご婦人が「気を付けて!」と声をかけてくれた。どちらかというと、そのご婦人のほうがよっぽど危ないのではないかと思ったけれど、見知らぬ国で見知らぬ人からかけられた親切な言葉が今でも心に残っている。フランスってそんな国。個人主義の国だけどどこか田舎の村のようにおせっかい。ブランドではなく、グルメでもなく、私がフランスに惹かれる理由もこんなことなのだろうと思う。

 この夏もパリに出かけた。エッフェル塔でもなく、シャンゼリゼでもなく、私は移民や芸術家が多く住んでいて、観光客のほとんどいない下町、ベルヴィルやメニルモンタンによく撮影に行く。そのメニルモンタンの駅の傍でのこと。メニルモンタンの長い坂から降りてきた私は喉が渇いたので、向かいのお店に水を買いに行った。ペットボトルを一本冷蔵庫から出してレジに持っていったが、お金を払おうとするとお金がない! 財布は持ち歩かないようにしているので、お昼ご飯のお金くらいをベストのポケットにいれていた。けれど、撮影の時に着るベストにはやたらポケットがあるので、一瞬頭が真っ白になり、どこへ入れたかわからない! かといって、バックの中にもない。・・・それで、やむなく元の冷蔵庫にペットボトルを戻したら、レジにいたおばさんが「どうしたの?」って聞いてきた。それで「お金がないんです」と言うと、そのおばさん「Je vous le donne」(あなたにあげるよ)と言って、私の置いたペットボトルを持って来てくれた! なんだか感動して「ありがとうございます!」と言ってお店を出て、メトロの駅のベンチに座ってゆっくり調べたら、何と!ポケットにちゃんとお金が入っていた。私は急いでおばさんに払いに。何て優しいのだろう、と胸がいっぱいになりながら。そういえば電車の中でまわってきたホームレスっぽい人にもみんな小銭をあげている。ここなら誰でも生きていけるなあ・・・・・・と思うことしきり。フランスの知り合いに言わせると、それは「連帯」の心なのだと。あちこちでそういう情景を見るそうだ。スリも泥棒もいるけど、革命の国フランスには、連帯の土壌が色濃く残っているのだろう。私は、もしかしたらそんな暖かさを感じるためにこの国へ何度も通い続けているのかもしれない。

  

 

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