生活語詩朗読全国大会参加と花巻・宮沢賢治の旅


原 圭治

 

 

 代表の有馬敲さんが亡くなられて、偲ぶ会を兼ねて二年越しの催しとなる全国大会なので、参加した。実行委員長は、北上詩の会の斉藤彰吾氏で、副委員長は永井ますみである。会場は勿論、日本現代詩歌文学館である。参加者は、北は北海道から南は九州まで約四十名で、詩を朗読したのは三十一名だったが、それぞれのパフォーマンスはたいした芸達者なもので、会場からは、拍手喝采が続いた。私も、大阪弁で「水に流してしもたら困る話」を朗読した。日本全国の地方の方言(生活語)は、声に出して朗読すると、なんと人間味溢れる表現だということを、実感させられた。永井さんによると、来年は、神戸での開催を予定しているということである。
 ところで、今回は花巻ということで、もう一つの楽しみは、宮沢賢治の足跡をたずねる旅であったことである。いわて花巻空港に、地元の詩人、照井良平氏と松崎みき子さんが車で迎えてくれ、関西からの参加者、永井ますみ、原圭治、玉川ゆか、彼末れい子、たなかすみえ、西東京からの清野裕子が同乗して、賢治巡りとなった。先ずは、羅須地人協会の建物へ、中に入ると、あの有名な「下ノ畑ニイマス 賢治」と書かれた黒板が掛かっていた。その下ノ畑には、賢治 自耕の地(下ノ畑)という案内の碑があった。北上川の河川敷である。昨年ここで「銀河鉄道の父」という映画のロケが行われたと看板が立っていた。次に、雨ニモマケズの詩碑のところに行ったら、其処は少し小高い丘だが、下ノ畑はずっと遠くに見えていて、下ノ畑とはすこし違うなあと眺めていた。それから宮沢賢治記念館へ、中の展示は、それなりの工夫がされていたが、じっくり観るには、時間が掛かりそうだ。近くの注文の多い料理店「山猫軒」で、お茶して、イギリス海岸へ、近くで畑を耕していたおじさんが、パンフレットをくれて、詳しい話をしてくれたのには、驚いた。最後は、賢治の生家跡と、昭和八年九月二十一日に、三十七歳で亡くなり、葬られた身照寺の賢治の墓を巡って、この旅は終わった。宮沢賢治の文学への誘いは、これからの旅になるだろう。

  

 

inserted by FC2 system