屋根裏の秘密


美濃吉昭

 

 大きなビルの玄関脇の壁には「定礎」と刻まれた石の銘板がある。その背後には

銅板の箱が埋められており、箱の中には定礎式当日の新聞 紙幣 文書が入ってい

る。建築主 設計者 施工者名と建設の由来が記されている。タイムカプセルなの

だ。

 

 その昔、鉄骨鉄筋コンクリート造の建築の寿命は、百年から二百年と考えた常識

があった。 そこで秘密だが、時は一九六九年大阪万博前のこと、高層ホテル建設

中の設計分室に詰めていた若い建築設計士達の,たくらみの話。 設計士達、七人が

結託して、檜の板にホテル繁栄の願文と、「雨にもめげず 風にもめげず 地震に

もめげず」と墨書きし、各々が署名した「我等の定礎の銘板」を作った。そして、

最上階インペリアル・スイートルームの屋根裏の梁に、固定し忍ばせたのである。

 もちろん、施主 施工者には無断で。

 

 そして、日の目をみるのは当然、彼等が他界した後となる、たぶん二百年後の解

体時に天国から知らせようと……。ところがだ、驚くなかれ高層ホテルは、彼等の

命より早く解体される事になった。オイルショック、バブル崩壊リーマンショック

と云はれた景気の荒波を乗り越えたが、その後 経営の命はつきる。

 たまたま、顛末を知る同輩が、ホテルに勤務していたため「われらの銘板」を回

収することができたが、ホテルは僅か四十二歳、青春を謳歌した後、命を絶つ。彼

等は、生みの子の最後を見届ける羽目になった。

 

 その昔、物は人の寿命より永く、家も家具も代々に受け継がれ大切に使ったが、

事は逆転したのだ。 今の価値観は経済効果という魔性に追われ、物は進化を続け、

絶え間なく入れ替わる。残された物はゴミとなり捨てられる。  都市の中心部は、

建設投資の促進を図るため、旧倍以上の規模が可能となるよう法規制が緩和される。

 経済効果は、スピードが肝心「時は金なり」と、スクラップ・アンド・ビルドが

進む都市文化の時代となったのだ。       

 そして「屋根裏の秘密」などは、秘密にもならない唯のロマンチックな、たわ言

に終わる。

 さて、21世紀も22年を過ぎて、IT革命が進む今、コロナ禍の収斂など関係な

く、都市の業務ビルの様子が、また変わっていくのではないかと思ったりする。無

人にちかいITの機械で占められるコンパクトなオフイスと、住居、店舗などの色々

な機能が共有する複合体のビルの、人の棲むための町に変わりゆくのだ。

 ニューヨークのような…。 やはり、世の無常は変わりない。しかも速い……。

 


 

 

                  

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