猫と私の夢枕


志田静枝

 

          
 蝋梅が黄色の花を覗かせ春を呼んでいる。新しい季節が巡る頃、毎年思いだす辛い場面。猫の好きな私は何時でも、好きな時に来て猫が水を飲めるように、広くもない庭の端、道路に近い場所に蛇口はあり、バケツは常に水を張ってある。
 我が家の雌猫カエリは不細工だけど、可愛い顔してこの水を美味しそうに飲んでいる。カエリとなぜ名前を付けたかと言えば、まだ幼い時に二回も私はこの猫と白猫の、雌二匹を、夜陰に紛れて捨てたのだ。
 一回目は私の畑の傍の郡津神社へ、早朝私は起き出して玄関の戸を開けた。目の前に飛び込んで来たのは、白猫と白黒斑の二匹の猫達ではないか、驚いてしまった。
 「まぁ、あんた達は帰って来たの、私の吐息」近過ぎたのね、二回目は少し遠くへとの思いで、交野小学校の運動場へ車で連れて行った。
 小学校ならきっと子供達が、給食を分けてくれるに違いないと、夫の気持ちを汲んだ。
 次の朝寝付かれずに私は、瞼を腫らし寝不足の顔で玄関を開けた。そこには不器量としか言いようのない猫、白黒の斑顔だけが門扉ブロックの上から、私をじっと見つめてくる。「まぁ、今度は自分だけで帰って来たの、分かるわ。白猫は可愛い子だった、小学生の胸に抱かれ家に行けたら良かった、そう願うわ」
 じゃあ仕方無い、あんたこの家の猫になりなさい。名前は(かえり)呼んだら出ておいで」
 そんなことで数年が過ぎた。
 かえりも大きくなり、前年の十二月半ばに乳腺炎を患った。獣医師は薬を飲ませないと癌になると言う。薬は顆粒だ。鋏で細かく切り缶詰フードに混ぜ、容器に入れて前に出した。カエリは食べない。薬を入れたから苦い、粒々が大きかったか、違う、カエリは敏感だ。
 試行錯誤していると、いつの間に近寄ってかえりの餌を狙っていたのは、時々水を飲みに来る体の大きい、野良の雄猫タマだった。「タマ、これは駄目よ、乳腺炎の薬が入ってるから、女薬は絶対駄目よ」言って私はタマの頭を、力一杯押し退けたが、猫が強く私の力負け。薬入りのフードを食べられてしまう。別の日には、カエリが食べている最中に、横から分捕りに行く。もう三回位は薬を混入した餌を食べた。カエリが居ない時には、ご飯にみそ汁を掛けて、時には鰹節を混ぜて食べさせた。名前は私が勝手に付けた。白い筈の毛並みは汚れ薄茶色、放浪の結果は私の胸を痛くする。頭を押した時の額までのざらつきは、喧嘩の後の傷だ。苦労の連続だろう。生きて行くのって大変だよね。正月過ぎから姿を見ないタマが気になる。
 寒い朝水場にタマが近く寄り、纏わり付く。私は頭を撫で「元気だった?」何度も頭を撫で、体も撫でると納得して静かに去った。あっ、私は今目が覚めた、夢を見ていたのだ。タマが私に夢の中で会いに来た。何故…愛…。
 お隣の奥さんに最近汚れた白雄猫を、見ないけど、話すと「家(うち)の犬小屋で天国へ逝ったわよ」「ああ、そうだったの、私の夢の中で会ったのよ」何を言いたかったのか、元気で、とでも?嬉しいけど、気にもなるわ。
 不思議ね、私の先祖父方の、あの猫化けで有名な佐賀藩鍋島の、お殿様の剣道指南役であったと父は言った。さもありか、猫だしね。

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