女の手


奥村和子




「女は手をきれいにしとかなきゃあ」
 母奈美は娘の露子にいったという。(拙著「恋して歌ひてあらがひて」のヒロイン明星派歌人石上露子)ほんに露子の手は、晩年でもほっそりと白くきれいだった。
 そりゃそうでしょ。露子さんは大地主の娘さん、炊事洗濯も庭の草引きもせんでええし、とわたしはひがんでみる。でも女のふっくらした細い指の手、すてきやわ。
 恋人と愛し合うとき、まずは手をまさぐりあい熱くなる。やわらかな白い手と触れあい、次にはぽってりふくらんだ乳房、ふくよかな腰、つややかな裸身、男は夢想する。
 不義密通の罪で離縁されたあと、四二歳で再婚した母奈美は、男を蠱惑するもののなんたるかを知っていたのだ。女の本能的な知恵かもしれない。
 さて私の手、しみだらけ、しわだらけ、血管が浮く日焼けして黒ずんだ手。同性にもはずかしいくらい。毎夜のおむつ洗い、炊事洗濯ー紙おむつなんてなかったもの。授業のあと、チョークを洗い落として荒れた手。白魚どころか、焦げたいわしのひもの。
 こんなわが手を、「取りて嘆かむ殿※」はいないのか。
 ※万葉集東歌

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