ラグビィ Cinepoeme  竹中 郁


アクチュウル・オネガ作曲


1 寄せてくる波と泡とその美しい反射と。

2 帽子の海。

3 kick off ! 開始だ。靴の裏には鋲がある。

4 水と空氣とに溶解けてゆく毬よ。楕円形よ。石鹸の悲しみよ。

5 《あつ》どこへ行きやがった

6 脚。ストッキングに包まれた脚が工場を夢みてゐる。

7 仰ぎみる煙突が揃って石炭を焚いてゐる。雄大な朝をかまへてゐる。

8 俯向いてゐる青年。考えてゐる青年。額に汗を浮べてゐる青年。叫んでゐる青年。  青年。青年。青年はあらゆる情熱の雨の中にゐる。喜ぶ青年。日の當つてゐる青年。

9 美しい青年の歯。

10 心臓が動力する。心臓の午後三時。心臓は工場につらなってゐる。飛んでゐるピスト  ン。

11 昇る壓力計。

12 疲勞する勞働者。鼻孔運動。

13 タックル。横から大きな手だ。五本の指の間から、苔のやうな人間風景。

14 人間を人間にまで呼び戻すのは旗なのです。旗の振幅。(忘れていた世界が再び眼前  に現れる。)三角なりの旗。悪の旗。

15 工場の氣笛。白い蒸氣。白い蒸氣の噴出、花となる。

16 見えぬ脚に踏みつけられて、起きつづける草の感情。中に起きられない草。風、日に  遠い風のふく地面。

17 ドリブル六秒。ころがる毬。雨となるベルトの廻轉。

18 汗をふいて溜息する青年。歪んでいる青年。《毬は海が見たいのです。》

19 伸び上がる青年。松の尖った枝々。

20 密集! 機械の胎内。がっちりと喰ひ合ってゆく歯車。

21 ぐったりとする青年。機械の中へ喰はれてゆく青年。深い深い睡眠に落ちこむやうに。

22 何を蹴っているのだらう。
胴から下ばかりの青年。
(ああ僕は自分の首を蹴ってゐる。)

23 Try !

24 旗、旗旗旗。

25 わっと放たれた勞働者の流れが、工場の門から市中さして。夕闇のやうに黒い服で。

26 飛んでゆく新聞紙、空氣に海月と浮いて……。

27 踏切がしまる。近東行急行列車が通りすぎる。全く夜。

28 落ちている首。(どこかで見た青年だ。)

29 太鼓の擦り打ち、鈍く、鈍く。

30 雨だ、雨だ。

                                  「象牙海岸」より



焚火     竹中郁


優勢な焚火だった
二時間ばかりといふもの
あつかつた 眼が痛かつた
鼻のあたまがひりひりした

軒さき走る焔は白かった
風がわいた 家の芯に唸りがあつた
たつた一杯のバケツの水を
そつと手向けた せめて別れとたつた一杯

頭へ泥水をあびあびして
焼け落ちるのをながめてゐた
あんなに好きだつたわたしの家
それが焼けた あつけなく無くなつた

防空壕から母を呼びだして
いま いま見とくのですよ
やつとこさ母に届いたやうなその言葉
しかし この言葉
風にも火にも奪えるものではなかつた
               
                   「動物磁気」より




書物

ああ 書物のこと思ふと
咽喉をしめられるやうだ
拾五六の年ごろから
大切にして集めてきた書物

連れそふ妻よりもずつと古馴染
數へたことはなかつたが
三千冊は優に超えてゐた
いや 四千冊はあつたかな
一九四五年六月五日の朝のこと
すつかり手許においてゐて
その最後を見とどけた
けむりになつて失せるのを

そののち家はみつかつた
布團はめぐんでもらつた
しかし 書物は
不運の書物はつてこない

身邊うたた荒涼
ああ 書物
夢に指でめくることもある
そらんじてゐる文句もある

                  「動物磁気」より


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