源  多田智満子


この大河の源はどこか
見ようとして旅立った者は遂に帰らなかった

かれを探しに出かけた者は数年の後
おぼろげな消息をたずさえてもどってきた

──彼は 遡って遡って銀河までたどりつき
あの微細な星のひとつになった

信じようと信じまいと
夜になれば川は満身に星を鏤める

水が源郷を恋うているのだ と
感傷的な人たちは語り合う

          詩集
            『長い川のある国』より




陰翳

暗い森の 暗い象が
沼にきて 水をのんだ
仏陀はそれを見ておられた
(暗い森の暗い象が
沼にきて
ふるえる月の幻をのんだ)

暗い森の 暗い鹿が
沼にきて 水をのんだ
(鹿もまた月の幻をのんだ)
仏陀は身をかがめて
掌に月をすくいとられた
(これをのんで
いささか心があかるむのなら)

……………

仏陀が亡くなって二千何百年
仏舎利は無限に分割された
三重 五重 七重――塔は空に向って
堆高く虚数のいらかをかさねた

いま明るい町の 明るい人
家を奪われたきみは
どの沼にきて 水を汲む
掌にどんな月の幻をすくう?
(それをのんで
いささか心に翳がさすなら)





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