南天  足立巻一

ある日、南天の朱の実は突然にすべて消え
五月、母の二十五回忌の朝
花軸の先端に一つずつ
昆虫の目玉に似たうすみどりのつぼみがつき
一つ二つ淡紅の点の花をひらいた。

この静かな変化に耐えよ。




   波紋  足立巻一



 友人たちのスピーチののち、著者は立って静かに回想を語りはじめた。― あのころの一日、わたしは国語の時間に詩を書くことを課し、それから(波紋)という詩を読み聞かせた、という。池心に波紋が突如生まれ、かすかに音楽を織り、岸辺の草を一瞬そよがせた・・。そんな詩だった、という。愕然となった。わたしはすべてを忘れ去っている!

 戦争の真最中、窓ガラスのない教室で、わたしはどうして(波紋)などという詩を詠んだのか? それはだれの詩であったのか? 波紋の意味とはなんであったのか?いま、わたしは何をも自答することができない。帰りの夜空に星座はなかった。あるいは、波紋はわたしにとって暗い運命の予感であり、そして、少年にとって波紋はすでに星のまたたきのようなものであったのかも知れない。



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